“サーレー ジャハーン セ アッチャー” 創作100周年
※またネタ切れ気味(正直に言うと・・・)なので、BBC Hindi より


c0072728_21284854.jpgもう過ぎてしまったが、先日あるモノが2005年4月21日で100周年を迎えた。
それがタイトルの歌、というよりその歌詞の元になっている一編の詩である。

1938年に没した詩人アッラーマー・イクバール علامہ اقبال
(本名:ムハンマド・イクバール محمد اقبال) は数多くの優れたウルドゥー語の詩作を残した。
そのうちで最も人々に吟唱され愛されているのが、『ترانہ ہندی』 (タラーナー・エ・ヒンディー;直訳すれば『インドの歌』)である。

※少し読み難くなるけども、デーヴァナーガリー表記もついでに。(PCによってウルドゥー語の文字が表示されない事がけっこ~多いようなので。)
また例によって全部の日本語訳はつけないでおきます。(というより専門家の方々に対して恐れ多くて、下手な日本語なんか当てられません~。)

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 ○ ترانہ ہندی
 ○ तराना-ए-हिंदी
سارے جہان سے اچھا ہندوستاں ہمارا
ہم بابایں ہیں اس کی یہ گلستاں ہمارا
सारे जहाँ से अच्छा हिंदूस्ताँ हमारा
हम बुलबुलें हैं इसकी, यह गुलसिताँ हमारा
غربت میں ہوں اگر ہم، رہتا ہے دل وطن میں
سمجھو وہیں ہمیں بھی دل ہو جہاں ہمارا
ग़ुरबत में हों अगर हम, रहता है दिल वतन में
समझो वहीं हमें भी दिल हो जहाँ हमारा
پربت وہ سب سے اونچا، ہمسایہ آسماں کا
وہ سنتری ہمارا، وہ پاسباں ہمارا
परबत वह सबसे ऊँचा, हमसाया आसमाँ का
वह सनतरी हमारा, वह पासवाँ हमारा
گودی میں کھیلتی ہیں اس کی ہزاروں ندیاں
گلشن ہے جن کے دم سے رشک جناں ہمارا
गोदी में खेलती हैं इसकी हज़ारों नदियाँ
गुलशन है जिनके दम से रश्क-ए-जिनाँ हमारा
اے آبِ رودِ گنگا! وہ دن ہیں یاد تجھ کو؟
اترا تیرے کنارے، جب کارواں ہمارا
ए आब-ए-रूद-ए-गंगा! वह दिन हैं याद तुझको?
उतरा तेरे किनारे जब कारवाँ हमारा
مذہب نہیں سکھاتا آپس میں بیر رکھنا
ہندی ہیں ہم، وطن ہے ہندوستاں ہمارا
मज़हब नहीं सिखाता आपस में बैर रखना
हिंदी हैं हम, वतन है हिंदूस्ताँ हमारा
یونان و مصر و روما سب مٹ گئے جہاں سے
اب تک مگر ہے باقی نام و نشاں ہمارا
यूनान-ओ-मिस्र व रोमा सब मिट गए जहाँ से
अब तक मगर है बाक़ी नाम-ओ-निशाँ हमारा
کچھ بات ہے کہ ہستی مٹتی نہیں جہاں سے
صدیوں رہا ہے دشمن دور زماں ہمارا
कुछ बात है कि हस्ती मिटती नहीं जहाँ से
सदियों रहा है दुश्मन दौर-ए-ज़माँ हमारा
اقبال! کوئی محرم اپنا نہیں جہاں میں
معلوم کیا کسی کو دردِ نہاں ہمارا
इक़बाल! कोई महरम अपना नहीं जहाँ में
मालूम क्या किसको दर्द-ए-निहाँ हमारा!

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BBC Hindi の記事(と同時にBBC Urduの記事も参考)によると・・・

毎年の独立記念日や共和国記念日などに行われるインド国軍のパレードやクリケットの国際試合の応援での愛国心を掲揚するために伴奏される。また携帯電話の着信音として街中で鳴ったりするなど、様々な場面で愛国心を呼び覚ますメロディーとして親しまれている。(メロディー自体はラヴィ・シャンカル रवि शंकर が作曲したとの事。)
あのM・K・ガーンディー मोहानदास करमचंद गाँधी もこの詩をこよなく愛していて、独立運動のさなか投獄されていた時に何百回も口ずさんだそうだ。

いろいろな場面で引用される事も多い。
インド人として初めて月面に降り立った宇宙飛行士ラーケーシュ・シャルマー राकेश शर्मा も、当時の首相だったインディラー・ガーンディー इंदिरा गाँधी から「宇宙からインドはどんなふうに見えるのか?」という質問に対して、「サーレー・ジャハーン・セ・アッチャー… (どこよりも素晴らしく…)」と言ったそうな。
最近でも、分断されている両カシュミール間を結ぶバス路線が開通した時、バスが走る道沿いの至る所で「マズハブ・ナヒーン・スィカーター・アーパス・メン・バェル・ラクナー(宗教は説いてやいない、互いに憎しみ合うことなんて)」と書かれたポスターが作者イクバールの肖像と共に貼られていたそうな。


ちなみに・・・
何でこの歌を取り上げたかというと、自分がヒンディー語を大学で習い始めた頃の思い出に結びついているからである。

自分が人生で初めてまともに接したインド人、客員教授の某P先生の授業で入学間もなく文字すらまともに読めんうちから、とにかくひたすら繰り返しいろんな歌を唱和して教え込まれた。その最初の歌がまさにこれだった。

当時はその教え方にカルチャーショックを受けた。
日本の英語教育では一般的に読み書き中心の学習方法が主流(明治維新に始まる英語受容の歴史が背景にあるので一概に悪いとも思わないが、自分もその中で教育を受けた日本人の1人としての例にもれず、英語で話すのに困る事ばかりなのも事実である。)で、言葉を学習するのにまずはともかく文字を覚えてからと自分でも思っていたので。
もちろん文字や文法は別の時間の授業で日本人の先生方が教えていたので、それと同時並行でP先生が受け持つ授業の目的は口述・会話の練習である。しかし当時もその事を十分理解したつもりで授業を受けていてすら、なお驚く(というかよくわからんくて振り回された)という事が多かった。

暗記する、特に耳で聴いて覚えるのが自分はかな~り苦手で、覚えられるとも全然思ってなかった(しかも実際そうだった)ので、テストで歌を暗誦するのは全くできなかった。むしろそういうスタンスの学習方法が時間の無駄にさえ思えてきて、そのためP先生の授業をけっこうサボってしまっていた。

c0072728_21292176.jpgそれでも判らないなりに何回も聴かされ耳に刷り込まれた歌詞を、一昨年にデリーの本屋で購入したイクバールの詩集 (ウルドゥー語の原文+ローマ字&デーヴァナーガリー音写・英語訳) のなかで改めて確認した時、P先生は授業でこう言っていたのか!と少し懐かしい思いをした。(↑上のやつもこの本(写真;右→)を参照した。) しかもその授業中に必死でカタカナ書きでメモした歌詞はやはり全然違っていた。。。(ついでに言うと、この本のローマ字&デーヴァナーガリー音写にも原文と少し食い違ってたり、いくつかは明らかに間違ってる箇所があった。。。)

今回改めてまた読んでみたら、描き出されている情景と詩の韻律のリズムがなかなか良いなぁと思った。また簡潔で親しみやすいのが広く歌い継がれる一番の理由というのも納得である。
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by ek-japani | 2005-04-25 21:40 | ニュースより


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