特別展“インド サリーの世界”
また用事で京都に行ってきたので、前回は未だ会期前で見れなかったコレをついでに見てきました。
(ちなみに会場内は撮影禁止なので、残念ながら写真は無し。これから見に行かれる人はご注意を。)

c0072728_9351032.jpg
国立民族学博物館 特別展示館内
(大阪府吹田市千里万博公園10-1)

2005年9月8日(木) ~ 12月6日(火)

その会場で購入した今回の特別展用の解説書、『装うインド-インド サリーの世界 』を帰ってから今日読んでみた。

インドの「民族衣装」として世界中で真っ先に挙げられる程有名なサリー साड़ी 。(個人的には「サーリー」としたいとこだけど、今回は特別展の題名に準る。)
このサリーがどのような歴史的過程を経て、とくに独立運動期に民族意識の高揚とそのための戦略との関わりあいで変化し、それによって現在のような“インド人女性”の「民族衣装」のイメージがどのようにして形成される事になったのか。そして地域・階層による幅広い多様性(サリーの布地の材質・色・紋様やその着方、さらにはサリー以外のシャルワール・カミーズとかも含めて)を元来内包していたインドの女性の被服文化が、どのような変化を現在に至るまで経てきて、さらに今も最新のデザイナーファッションや街中の流行の中でその変化が継続しているのか。・・・などなど興味深い話がたくさん。


まだ全部は読んでないのだけど、今回の企画の実行委員長である杉本良男 教授が冒頭のほうで書いた文章を読んで一気に興味深い感じになってきた。少し長いけど、以下はその文章からの抜粋。

 サリーに代表されるインドの衣装は、一般にはファッションでは無く民族衣装として扱われている。民族衣装というのは、ある民族に固有の伝統的な衣装を指すのであり、ファッションとしての時代性、流行性を持つものではないとされる。サリーは、インドの特定の地域、階層に古くから存在してはいたが、インド全体で見られるようになったのはここ100年あまりのことにすぎない。そのうえ、サリーにも流行があり、変化のスピードはここ10年ほどのあいだに急速に早まっている。その意味で、サリーにはファッション性があり、それゆえにまた、歴史性も政治性も深く関わってくるのである。
 一方、西インドに見られるスカート(ガーグラー、レーンガー)とブラウスの組み合わせや、広く若い女性が好む長い上衣とパンツを組み合わせたシャルワール・カミーズ(いわゆるパンジャービー・ドレス)などには、サリーとの大きな違いがある。それは、サリーが縫製されない一枚の布であるのに対して、ガーグラーやカミーズなどは布を裁ち補正されたものだという点である。そのさい、ヒンドゥー教においては、針を通さない布が浄性が高いためにサリーが好まれるという宗教的な理由が強調される。
 この「裁つ/裁たない」、「縫製する/縫製しない」という二項対立は、ことシャルワール・カミーズに関してとくに、「ヒンドゥー/非ヒンドゥー」さらには「ヒンドゥー/ムスリム」の対立に読み替えられることがある。そして、ヒンドゥーの古式の伝統に対して、外部から、裁つ、縫製する伝統がもたらされたという図式が、ときにヒンドゥー・ナショナリズムと結びついて、いたずらに対立をあおる結果にもなる。
 このように、インドの装いを、時の止まった民族衣装ではなく流行としてのファッションととらえることにより、その歴史性、政治性に深く思いをはせる事ができる。民族学・人類学からのファッション研究は、衣装を社会文化の全体像の中で理解するところに、従来の服飾史などとは異なる大きな特徴がある。

(解説書10~11P、「民族衣装とファッション」の項より)    


そうだったのか~!っと会場に行って初めて知った事もけっこ~あった。
例えば南インド・タミルナードゥの舞踊“バラタナーティヤム”の衣装、実はバラバラに縫われたそれぞれの部分を組み合わせてできてるらしい。どうりで激しい舞踏の動作でも崩れないわけだ。
あと地域ごとのサリーの特性(布地・紋様・着かた)も豊富な実物&解説でいくらか判るようになった気がする。


・・・と、こ難しい内容であるかのように書いた気がしてきたけど、実際にはもっと感覚的にすんなりと楽しめる展示だった。
さすがは民博、アカデミックな興味の人からインドマニア、ファッション好きやふらっと立ち寄ってみた人まで、幅広い層の人が楽しめるような展示のバランスのとり方がすごい。サリーの無料試着サービスとか会場にある漫画家グレゴリ青山氏のパネル(2階にあった子供向けパネルの“シャールクくん”には大笑いしてしまった、・・・すごい似てると思ったのは自分だけ?)とか、企画の随所に遊び心があるのも嬉しい。

そしてインドモードの最先端を行くデザイナーの作品が多数展示されてて、見てると思わずため息が出てくる。衣装の軽やかさを演出する優美なポーズでたたずむ顔無しマネキンを見てると、何となくインドの画家M.K.フセイン مقبول فدا حسین の絵を彷彿させる感じだ。

自分は無念にも閉館前1時間しか見れなかったけど、女性できらびやかなのモノが好きな人なら一日中うっとり~して過ごせるのでは、と短い時間ながら自分もうっと~り~しながら思った。
これは関西圏に住んでる方ならぜひとも行くべし!と推薦しときますよー。


*****
ちなみに既に行って見た人にはわかるだろうけど・・・。
2階に展示されてた、日本のファッションブランドが最近インドをフューチャーしてデザインしたアイテム。これらにあしらわれてたヒンディー語にツッコミをこっそり・・・。

○ “ZUCCa”のピンク色のタンクトップ → “ जुका ”

デーヴァナーガリー文字では「ズッカ」でなくて、実は「ジュカー」になっとるが~!?


○たくさんの細長い毛がたなびく茶色のバッグ → “ माफ करना मैं हिन्दी नहीं समता ”

繰り返し書いてあるのは、「許してね、私ヒンディー語わかないの」
最後のほうで一文字綴りを微妙に間違えてるのはワザと?だよな~きっと。確かに、これを街中で見たインド人に「あぁ、ホントにわかってねーんだろな」って密かに思わせる効果アップは間違いなし!?
[PR]
by ek-japani | 2005-10-02 10:06 | 考察


<< アドナーン・サミーって・・・ 『aapka...abhije... >>