デリー連続爆破事件について
先月29日(土)にデリーで爆破テロが起きてから、気がつくとけっこう時間が経った気がする。

まず事件翌日の30日(日)に“イスラーム革命戦線 اسلامی انقلابی محاذ ”という無名のグループから犯行声明が出された。
その後今月の2日(火)には、このグループとの関係が疑われる*“ラシュカレ・タイイバー لشکر طیبہ ”が爆破事件の関与を否定し、犯行を「反イスラーム的 غیر اسلامی」として非難する意向を明らかした。


*****ちょっと脱線*****

*このグループ、何か表記が一定してなくて気になる・・・。特に後ろの単語部分・・・。
今回の事件での日本の報道だと、英語表記の「Toiba」からそのまま「トイバ」としてるのが多い気がする。次に多いのが「タイバ」、これも英語表記の「Taiba」もしくは「Tayyiba」からだと思う。でもアラビア文字表記だと真ん中の“イェ ی ” は2重なので、アラビア語的には「タイイバ」なんだろうけど、さらに最後の“ヘー ه ” (元のアラビア語では“ター・マルブータ ة ” )の部分はヒンディー語の表記などを考慮して、長母音にして置きたいので「タイイバー」(←字面的にもかっこ悪いし読みにくいと自分でも思うけど・・・)としてみた。

ヒンディー語のデーヴァナーガリー表記でも(現地の印刷&放送メディアはわからんけど、とりあえずネット上で見る限り)あまり一定してなくて「तैयबा」とか「तयबा」や、もしくはアラビア文字での表記に比較的忠実と思う「तैय्यबा」「तय्यबा」があるけど、これだと見て一瞬どう読むの???と考えてしまう。最後の音節「-ba」はいいとして、その前の2重になってる半母音[y]を含む部分の表記については、デーヴァナーガリー表記で(実際の発音もそうだけど)何通りかの表記がまぁOKになる余地のある感じなので、深く考えるのはやめときます。

でも前半の単語については、たまに日本語表記で見かける「ラシュカル・エ・○○○」というのは何か変な気がする。英語表記で「Lashkar-e- ・・・」という具合にペルシア語のエザーフェが別に表記されてるのを、そのままカタカナにしたのだろうけど。
ローマ字やデーヴァナーガリー文字では子音だけの音を表記できるけど、カタカナであくまで表記の慣例として便宜的に子音のみの音に「ル」をあてると、発音上は後ろのエザーフェと1つの音節としてつながらないので、何かおさまりの悪い気がしてならない。だから「ラシュカレ・○○○」で良いかと・・・。

*****本筋に戻る*****


インド政府や事件の調査を行っている諸機関は、あくまで容疑が確定するまで特定の組織の名前を挙げず(しかしながらパーキスターンに本拠地を持つ武装組織に疑いを向けている事は、マンモーハン・スィン首相がムシャッラフ大統領に送った公式メッセージなどからも明らかにされている。)、ここ最近の友好ムードに乗っている両国の関係、またカシュミールでの災害援助活動でパーキスターンと協力する必要性なども考慮して慎重な姿勢を保っている。

そんで3日(木)の昨日には、デリー警察から犯人の人相書きが公表されたようだ。
ゴーヴィンドプリー गोविंदपुरी で標的となったバス(寸前に運転手と車掌が爆発物を車外に放り投げたので未遂、しかし2人を含む数名が入院。)の乗客への聞き込み調査を元に作成されたらしい。
ヒゲとバンダナ(頭と左腕)がポイント。推定年齢は20歳前後。身長5フィート5インチ(=約165cm)の痩せ型。
うむむ・・・何かどこかで見た事ある気も。似たような顔ならすぐ見つかりそうだけど・・・。


・・・と、ここ数日間ニュースとか全くチェックしてなかったので、自分で事件後の推移に追いつくためにもこんな感じで少し整理してみた。

事件後の11月1日にはディーパーヴリー दीपावली (=ディーワーリー दीवाली )だったし、もうすぐ(インドでは何日なのか未だ定かでは無いが、たぶん遅くとも明日頃までには)イードゥ・ル・フィトゥル عید الفطر だ。
そんな中で街の様子についての記事を読むと、“祭りに向けた勢いはテロでも止められない~”ってゆう反面、“やはり爆破テロが街の人出や店の売り上げにヒビいてる・・・”という感じだ。実際デリーにいないので直接は判らないけど、複雑な雰囲気なんだろうなぁと思う。


ちなみに日本人で今回の連続爆破事件についてネット上で書いてる人、特に旅行でインドに行った事がある人のを見ると、今回の事件現場の1つ、パハールガンジ पहाड़गंज の記憶と結びつけて書かれているものが自分の見た限りけっこ~多い。やっぱりバックパッカー旅行者が集まる地域だから当然なんだろうけど、みんなパハールガンジにそれぞれ思い入れがあるもんなのね~と見てて思った。

自分はデリーに数回いたうち、1回しかあのへんに宿泊した事が無い(別に安宿に泊まらんわけじゃなくて、いつもジャーマー・マスジドの付近にいってしまう。)ので、あんまり思い入れも思い出すような記憶も無い。だって・・・行くと何かいつも人ゴミいっぱいで歩きずらいし(あっ、これはオールド・デリーでも同じか・・・)、フレンドリーなそぶりな“友人の店でディスカウント”くんは50mおきにいるし、道端で日本人にすれ違うのも何か気まずいし・・・、やっぱりカリームレストランに行く時は夜フラッと宿から歩きで行きたいしなぁ・・・。

・・・な~んて個人的なツブヤキはいいとして、むしろゴーヴィンドプリーの方が以前バスを乗り間違えて大慌てで偶然降り立った事があるので、地名としては思い入れがあるかも。



・・・また例のごとく、だらだらと特にオチ無しで書き綴ったついでに、オマケを一つ。
少しニュース記事としては新鮮味が落ちたけど、パーニ二ー・アーナンド पाणिनी आनंद というBBC Hindiでデリー担当の記者さんがリポートした記事より。
(ちなみにこの人がネット放送でリポートを読み上げてたのをこの前聴いたけど、「イッ!あんた宿題で100000回くらい声に出して読んできなさい」と言われそうな、単語ごとにぶつ切れのカクカクした変な読み方だった。)

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『デリーの普段通りの生活』
(以下、日本語訳の原文&写真:BBC Hindi の記事『दिल्ली में सामान्य होती ज़िंदगी』より)

c0072728_1504842.jpg昨日の夕方この敷石は血で真っ赤に、地面は焦げて真っ黒になっていた。しかし今日は周囲の空気は穏やかで、そしてこの場所には真っ白な漂白剤が撒かれている。デリーで起きた連続爆破事件はデリー中を震撼させた。しかし今日事件から一夜が明けてデリーの街の動きはいつも通りになっているように見える。
さぁ、これから確かめてみましょう、パーニニー・アーナンドと供に。

c0072728_151721.jpgほら見て!街に出てきましたよ~。
今朝全ての商店街組合はこのような結論を得た。「いかに売り上げが悪かろうとも店を開けようじゃないか、爆破テロなんかにデリーはひるまない!テロリスト達の思惑通りにはさせん!ていうメッセージとなるように。」 だから商店街の飾り付けも再開。

c0072728_1512757.jpgそんで商店街が開店すれば買い物客もやって来た。何人かご婦人方に話を伺うと、このようなお答えが。「怖がってても何にもならないわ。買い物はしなきゃしょうがないんだし。怖がって家にこもるのは良くないわ。お祭りの時期なんだし、お買い物してまわるつもりよ。」

c0072728_1515312.jpgその前に人々の信心深さにも触れて置かないとね、だって神さまの像も買い求める姿が目に付くから。サロージニー・ナガル सरोजनी नगर の商店街では午後の2時になろうかという頃には既に人出が上々な混み合い具合になっていた。買い物客はどんどん来るし、店はばっちり飾りたてられて、品物は売れ続けていた。そして間には警察があっちで眠そうにしてたり、そっちでは巡回して回ってる姿が目に付いた。

c0072728_1521094.jpgそんでもって今日はといえばダンテーラス धनतेरस (※下弦の月十三夜の日にラクシュミー लक्षमी 女神をたたえる祭り)の日。この日にお皿を買わないのは良くないと考えられている。おそらくそのためか、その他の店に比べ食器を売る店には多くの人だかりができているように見える。しかしながら食器屋は客の数に満足ではなかった。年間で最も良い売り上げの一日が爆破事件の捧げ物と消えてしまった、と不満な様子だった。

c0072728_15144444.jpgある布地屋にたどり着くと、何人か若い娘さんたちがお買い物に忙しそうにしてるのが見えた、あたかも昨夜ここで何か起きたりなんか全くなかったかのように。尋ねてみると、家族には反対されたけれども来てしまった、そしてここで楽しくショッピングにいそしんでいる、との事。それでも彼女たちも事件で亡くなった人たちの事を悲しく思っている。

c0072728_1525888.jpg一年の他の日のように、再び店は飾り付けられた。ディーワーリーには花飾りが特に重要なので、それを売る店はことさら飾り立てられていた。この買い物の最中に警察のマイクから響き渡る警告も聞こえていた、「一ヶ所に集まらないでくださ~い…」などなど。そして人々は買い物に夢中だった。

c0072728_1531185.jpgみんなバーゲンセールに夢中だった。何か気に入ったモノがあった人もいれば、品物の割りには値段高すぎと感じている人もいた。しかし一部の人々はただ単に商店街をの様子を覗いて回るためだけに来てもいた。結局爆破事件の後で事件現場の商店街はどんな様子なのか、と野次馬根性で家から出てきた、ただそれだけ。

c0072728_1532665.jpgしかしながら何もかもが普段通りでもなかった。人々は談笑してもいる、買い物もしている、だけどもどこかしら昨日の出来事が人々の眼の奥底にこびりついているように見えた。もしもこの事件が起きていなければおそらく人ごみは5~6倍にも膨れ上がっていただろう。そして商店街で働く人たちが一息つく暇も無いほどの混雑ぶりになっていただろう。

c0072728_1534094.jpg事件は既に終わっていた、人々はそれぞれの足並みで行き来していた、しかし周囲を漂う空気にはある種の特別な臭いが混じっていた。土曜日に爆発が起きた場所にあるスナック屋は、店の前を通る人全ての注目を集めていた。人々は商店街でそれぞれの用事を済ませようとしてこそいたが、それらの用事に比べてもそれぞれの心の中で爆発の事が占める割合は少なくなかった。人ごみはごった返していて、それと同時に警察の巡回も。

いくらかこんな感じでデリーは普段通りであり続けていた・・・。

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by ek-japani | 2005-11-04 15:11 | ニュースより


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