『誰も知らなかったインド人の秘密』
実はこんな本を読んでみたのですが・・・。

c0072728_20174716.jpg『誰も知らなかったインド人の秘密』
 著:パヴァン・K・ヴァルマー
 訳:村田美子
 出版:東洋経済新報社/2006年9月

■目次
 序章 インド人とは何者なのか
第1章 政治:権力好きの国民がつくり上げた民主主義
第2章 富:どんな環境下でも金儲けをあきらめない
第3章 IT:才能と努力そして欲望の賜物
第4章 汎インド人:共通点は生き抜く知恵
 終章 繁栄と安定をめざした離陸

先日書店で見かけた折、某所で紹介されてたのを思い出したので買ってみた。
インドの国民性を論じた、いわゆる「インド人論」な一冊。

やもすると「ふ~ん」と納得してしまいそうな感じの論調なんだけど、自分が捻くれモノな性質のせいか、反論とまではいかなくとも「うぅ~ん、そうでしょうかね~?」と疑問を呈したくなる感じでもある。
例えばこんな部分。
「(前略)・・・イギリスはインド人エリート層をうまくイギリス人化しました。しかし、わずかですが、インド人としてのアイデンティティーを失わずに西欧化したインド人エリートもいます。」 [173p.]
(原文「(前略)・・・[T]he British succeeded quite spectacularly in creating an Indian elite patterned after them. A few members of this elite were able to sustain their Westrenization without diminishing themselves as Indians.」)
むしろ「西欧化」したからこそ、かえって「インド人」という枠組みでのアインデンティティーが強まったのではないだろうかと思っているのだが、どうなんでしょう。

この本全体的に感じる事だが、「インド人」という概念を所与のものとして読み進める事に違和感がつきまとう。そういう試みを「敢えて」している本なのだから、当然といえば当然なのかもしれないが・・・。


あと、個人的に物足りないと思うのは、筆者が「数年間リサーチを行った」と書いてあるのに関わらず、ほとんど文献調査に終始している点とか。(実際に現地を訪れずに記されたにも関わらず多大な影響を残した『菊と刀』みたいな国民論の例もあるので、何とも言えませんが・・・。)

現代の文献ではディーパンカル・グプター दीपंकर गुप्ता やアーシーシュ・ナンディー आशीष नंदी、スディール・カカル सुधीर ककर などの著名な社会科学系知識人の著作、各地の何気ない新聞記事、著名な企業家の言行録など、はたまた過去に遡っては、ヴェーダの讃歌やマハーバーラタなど古典文献、植民地期の官僚や独立運動家の手記や回想録などなど、様々な文献からの引用や、言及される多方面のトピックなどは役に立ちそうなものも多かった。
ただ、むしろそれが豊富過ぎるというか、都合のいい部分だけをあちこち切り貼りして都合の良い解釈とともに次々と提示されているようで、なんか煙に巻かれているような印象も受けた。

まぁ、序章の最後で著者自ら「学術的な」目的の本ではないと断りを入れている([32p.])ように、書かれている内容自体の論理的根拠や解釈を巡って深入りしてもしょうがないかもしれない。

それよりか、無数に存在する「インド人論」のうちの有名な一冊として今後あちこちで参照されていく中で、国内外において形成されつつある「新たな時代のインドおよびインド人」言説の一部としてどんな役割を果たすのか、またどこまで影響力を持つようになるのか、という点が個人的に興味あり。つまり、このテクストがどう社会で読まれ、解釈され、消費されていくのかが今後気になるところ。



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実は・・・、以前読んだ原著『Being Indian』(UK版副題: "Inside the Real India")の内容も、日本語訳ならもう少し頭に入り&残りやすいだろうという思惑で今回この本を手にしたわけですが・・・。なんか、この日本語版・・・、校正作業?が粗末だったのか・・・、「ゑっ?」な部分や、「微妙に誤訳では?」な箇所がつらつらと・・・。

あまりにも気になる部分が連発だったので、あちこち原著と照らし合わせながら読んでみた。
(注:以下つらつらと無駄に長いです。粗探しと言うよりはもっと軽い気持ちのつもりですが・・・。)

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とりあえず、インドの人名や地名など固有名詞のカタカナ表記については・・・、この際目を瞑ろうかと。この手の本にはよくある事だし、現地の事情としても表記方式が統一されておらず混乱を招き易い部分もあるし。本当は、誰かに背景知識のある人物に1度でもチェックして貰っていればなぁ~・・・とも思うが。(訳者あとがきによると、知人のNGOスタッフのインド人に「固有名詞の発音に関して」協力してもらったらしい。)

■ ■ ■
基本的に在地言語の固有名詞についてはローマナイズ表記を英語風読みでカタカナ表記している感じ。でもけっこ~無理やり?なカタカナ表記も。
有気音を示す「-h」を長母音化させて読んだり、しかも母音が介在してないのに無理やり母音付けていたり。
 「アミタバー」[177p.] (原文「Amitabh」 अमिताभ)
 「ガールハスティア」[92p.] (同「grihast」 गृहस्त)
 「アーミィル・カーハン」[202p.] (同「Aamir Khan」 आमिर ख़ान)
などなど・・・。


それに加えて、ローマナイズ表記の段階での「読み間違い」が明らかに多い。

・英語読みしたとしても黙字扱いにはならなそうな音をカタカナ表記で読み飛ばしている単語がいくつか。
なかでも、何度も登場する「アヒマ」[15p. など] (原文「ahimsa」)が・・・、ちょっとアレ過ぎるよなぁ~・・・と。日本でも仏教思想や「マハトマ・ガンジー」に関する書籍などで、重要ターム「不殺生」「非暴力」の原語のカタカナ音訳として「アヒンサ(ー)」अहिंसा がわりと十分定着してると思うのだが・・・。
他にも、
 「バーラティア・ジャナ党」[76p.] (原文「Bhratiya Janata Party」)
 「ブラフチャリア」[92p.] (同「brahmacharya」)
 「スバーシュ・チャドラ」[123p.] (同「Subhash Chandra」)
 「デヴァス」[202p.] (同「Devadas」)
などなど。
(※以上強調下線はブログ作成者による。)

・集団名称などを明示する語末の複数「-s」がそのまま固有名詞の一部として「~ス」と表記されてしまっている。
 「パンダヴァス」[48p.] (原文「Pandavas」)
 「ダーヌクス」[74p.] (同「Dhanuks」)
 「マハトス」[同] (同「Mahatos」)
 「クルミス」[同] (同「Kurmis」)
 「コエリス」[同] (同「Koeris」)
 「ナヴラトラス」[269p.] (同「Navratras」)
などなど。


その他にも校正段階のチェックが不十分と思える点もいくつか散見される。

・冒頭の地図[12p.]で「ダマン&デイウ」として指示されている位置が明らかに変。
(連邦直轄領ダマンとディーウはそれぞれ離れた別の場所)

「KASHMILI」[164p.]
 (原文ではもちろん「KASHMIRI」)

・名前の間に変な区切り目を勝手に加えている。
 「スワミ・ヴィヴェ・カナンダ」[59p.] (原文「Swami Vivekananda」)
 「ハルシャのバルダン・ネアティア」[126p.] (原文「Harshavardhan Neotia」)
などなど・・・。


また、音訳カタカナ表記でなく訳語の問題になるが、頻繁に出てくる「Congress」の訳語が気になった。
たしかに他の日本語の文献で「議会党」と訳している例が皆無というわけでもないだろうが、インドの文脈に限って言えば「国民会議派」のほうが世界史教科書や活字報道メディアなんかで圧倒的に多く採用されていると思うのだが・・・。
(同じ日本語版でも後ろの方では「国民会議派」と訳出されている。[227p.] せめて同じ本の中では訳語を統一したほうが・・・。)


● ● ●
この日本語版の訳文で最も問題視しときたいのは、その恣意的な「翻訳」の仕方。

①原著では明らかにイタリック体で強調されてない部分も日本語版では太字強調が施されている上に、しかも「※強調訳者」のような明示無しで([135, 152, 251p.]など)。
たしかに読者が違えば知りたいポイントも異なってくるだろうし、ならば日本人の読者の関心に合わせた商業的な理由に基づき原著に多少の変更はOKだと思うが・・・、さすがに明示せずに強調部分を新たに加えるのは「翻訳」作業からの逸脱では?


②本文の中で「※訳者注」が圧倒的に少な過ぎる。

原文では、在地言語(主にヒンディー語)の単語ないし短い文章がローマナイズ表記(英語では無いことを明示するためイタリック体)で頻繁に登場する。もちろんそれを理解しない読者のために、たいていの場合は英語で訳語・訳文が併記されている。ところが日本語版では、たいてい日本語での訳語・訳文のみ採用されていて、原文のように在地言語のローマナイズ表記(ないしはカタカナ表記)したものは併記されていない事がほとんど。そうかと思えば逆に、時たま音訳されたカタカナ表記だけが採用されてたり、しかもその説明が(時に原文に記されている場合でも)省かれていたりする。

この本の論理展開にはあまり直接影響しない瑣末な点だし、本の後のほうで説明があったりするので、それはそれでほっといてもいいのかも知れないが、「翻訳」としては少し不親切では・・・。
とくに「(反・)ダルマ」[47, 48, 87p.]、「ダリット」[68, 79p.]、「ルティアンス・デリー」[80, 86p.]などは、日本語版の読者に対して説明が少し必要ではないかと読み進める途中で思った。

ごく僅かに「※訳者注」という形式で説明もつけてくれてる。しかし、下手に数箇所だけ入れるなら、より必要と思われる箇所にもガンガン訳注をもっと多くつけてくれれば良いのになぁ~、と思った。

「サルワルカミーズ(※訳者注:ズボンとブラウスでパジャマの原型になった、活動的な女性服)」[195-6p.]

「ボンベイ(訳者注:イギリス支配時のムンバイの呼称)」[210p.]


その反面で、太字強調部分の問題と同様、「※訳者注」を明示せず説明をカッコ書きで付け加えている部分も。
(※矢印はブログ筆者の個人的意見。)

「何ラックもの(ラックはインドの貨幣単位で1ラックは10万ルピ)」[55p.]
 →「貨幣単位」というよりも、正確には「数の単位」では。

「ラドゥー(丸いインドの菓子)」[80p.]

「ボリウッド(ムンバイ製作のハリウッド的映画)」[211p.]
 →決して「ハリウッド的」ではないと思うが、そのパクリの要素は多いだろうけど。

「デワリ祭(日本の正月にあたる最大の祭り)」[215p.]

「ダリット(指定カースト・指定部族の別の呼び方)」[257p.]
 →「指定部族」までも「ダリット」の別名称に含めるのは説明として誤りかと。


③何の訳注説明も無く一部の単語(主に政府公的機関の名称など;原文では英語名称を完全表記)が、日本語の文章にアルファベット略号の形でたまに表記されている。
これも後ろにカッコ書きで訳語なり訳注説明を付けたほうがよかったのでは。

「OBCs」[62p.]
原文では「Other Backward Castes」も併記。定訳としては「その他後進諸階級」なのかな?
※本のずっと後のほうで「その他の後進カースト(OBCs)」[257p.]として一応訳語が出てくる。

「CBI」[76p.]
原文では「[t]he Central Bureu of Investigation」も併記。あえて訳すなら「中央検察局」とか?

「IIT-JEE競争」[196p.]
原文「the competition for the IIT-Joint Entrans Examination」。「IIT統一入学試験競争」とか?

「IAS」[196p.]
原文でもそのまま。直前で「the Indian Administrative Service」と一度出ているが、日本語版ではその部分が「国家公務員」と訳出されていて何の省略形か判別しずらい。


▼ ▼ ▼
ほかにも「翻訳」として単純に納得がいかなかった諸々の点について。
(※以降引用部分中の下線部強調は全てブログ作成者による。)


①単語として少し直訳過ぎではないかと思う箇所

去勢牛資本家」[98p.]
原文では「bullock capitalist」だが、なんか弱そう。60年代の「緑の革命」で資産を増やした農村部の資産家の事を指して。

「書き換え」[166p.]
原文では「transcription」なのだが、「converting activities such as call centres, transcription, geographical information systems, and consulting」というように、近年IT&アウトソーシング関連で発展してる業種の一つなのだろうけど・・・、日本語で何ていうんでしょう?(少なくとも「書き換え」では無さそうだが・・・、意味不明。)

自由運動家」[196p.]
原文では「freedom fighters」なのだが、このように植民地独立運動に身を投じた人々の事を言うなら「独立運動家」のほうが一般的では。

「権力を持った優雅な人」[205p.]
原文では「the elegant and the powerful」なので別々に訳し分けるべきでは。五つ星高級ホテルでのパーティーの情景なので、(少し意訳過ぎるかもしれないが)「優雅な有名人セレブや有力な政治家・財界人」くらいの意味かと。

「短期的に政治権力を増そうとする人民主義政策」[258p.]
原文は「a populist measure intended for short-term political gain」なのだが、どちらかというと「大衆迎合主義(的な)政策」と訳したほうが理解しやすいのでは。

「ロードス学者」[263p.]
原文の「Rhodes scholar」が意味するのは「ローズ奨学生」の事かと。


②明らかな誤訳

「金は神そのものではなく、神のそばに居る。それは、決して神以下ではない。」[106p.]
ある政治家の有名な発言からの引用。原文では「Money isn't God but, by God, it's no less than God」という英訳なのだが、「神のそばに居る」ってのは明白に誤訳。元のヒンディー語での発言(原文ではイタリック体ローマナイズ表記で「Paisa khuda to nahin, par khuda ki kasam, khuda se kam nahin」)を見る限り、「しかし神に誓って」が正しい訳かと。

「宦官」[110p.]
原文では「eunuch」なのだが、冗談話として八百屋に買物に来た時の事なので、この場合ヒジュラーを指しているものと思われる。なので「オカマ」くらいの意味では。(ないし差別的な響きを避けるなら、「ヒジュラー」と訳して訳者注をつけるとか)。

「社会進歩派議員」[112p.]
原文では「a socially progressive Congress leadership」だけど、前述のとおり「Congress」が大文字の固有名詞と認識されていないので、あたかも「社会進歩派」みたいな政党があるような書き方に。ここは「社会的に進歩的な国民会議派の政治家」かと。

「ガンジーは根っからのバンヤン(インド産の木)で」[118p.]
読み間違いとのダブルコンボで本書中で最も強烈な誤訳!!
原文では「[Gandhiji] was born a bania」なので、明らかに「ガンジーは根っからのバニヤー(インドの商人カースト)で」と訳すとこでしょう。こういう時こそ訳者注なのを明示してないと著者から怒られそうですが・・・。

「インドにある哲学の学校では必ず・・・・(略)について勉強します」[133p.]
原文では「All Indian schools of philosophy accept....(略)」なのだが、省略部分の目的語にはマーヤーヴァードという哲学概念が来るので、正しくは「インド哲学の全ての学派で・・・が認められています」という感じかと。おそらく筆者は「六派哲学」のことを言っているのでは。

「勉強しないとガラス切りにならなきゃならないよ!」[151p.]
原文では「study or else you'll cut grass (ghas katoge)」となってるので、当然「草刈り」の間違い。

「ポートブレアの理事は若い国家公務員でした。また、そこの獣医はタミール・ナドゥ州出身でIASに入る前、バレリーで勉強し・・・(以下略)」[196p.]
原文「The commissioner at Port Blair, the headquarters of the archipelago, was a young officer of the Indian Admistrative Service. A veterinary doctor before joining the IAS, he was from Tamil Nadu, had studied at Bareilley in Western U.P., ・・・・(以下略)」
原文からすると「理事」と「獣医」は同一人物と思われので、「また、そこの~」ではおかしいのでは。「IASに入る前に獣医をしていたという彼は・・・」という感じでしょうか。
ついでに、政府機関なので「理事」よりも「局長」のほうが「commissioner」の訳語として妥当なのでは。

「ITエンジニア」[203p.]
原文では「an electrical engineer」なのでエンジニア違い?正しくは「電気技師」では?

「1994年、アリーシャ・チナイの『Made in India』が初の映画音楽以外のアルバムとしてリリースされ、常識を破りました。[203p.]
原文では「Alisha Chinai's Made in India in 1994 became the first non-film album to break unit sales records.」。
これは「~が映画音楽以外のアルバムとしては初めて(レコード?テープ?の)最高売上枚数の記録を更新しました。」ではないかと。

「120万のコンピュータPコードのネットワーク」[209p.]
原文では「a network of 1.2 million public call booths」なので、これは「120万台設置された公衆電話のネットワーク」のことでは。

「アルヤ・サマジが実行したようなヒンズー教への改宗儀式は最近になってからで、ヒンズー教には改宗そのものの概念がないのです。」[230p.]
原文「Until the recent revivalist Arya Samaj practice of shuddhi, whereby those of other faiths can be converted to Hinduism by undergoing a purification ceremony, Hinduism had no concept of conversion.」
現在各地の部族民地域とかでキリスト教徒らに対して「(再)改宗」が実施されている以上、原則はともかく実態としては決して「概念がない」といえないのでは。実際に原文では「なかった」と過去形を用いているわけだし。

「ヒンズー右翼組織の公式サイトであるバジラング・ダル[236p.]
原文では「The official website of the right-wing Hindu organization, the Bajrang Dal」
同格で結ぶ部分の誤解。正しくは「ヒンズー右翼組織、バジラング・ダルの公式サイト」かと。

「インドに住むムスリムはジハードの型にはめられてはいません。」[239p.]
原文では「The Muslims of India are not made in the jehadi mould either.」
正しくは「ジハーディー」、つまり「“聖戦”を名目にテロ活動を行う“イスラーム”過激派」のことかと。

「最初の波は19世紀に起こり、イギリス、フランス、オランダで低レベルの農場労働者として働きました。」[259p.]
原文「the first wave left in the nineteenth century as impoverished labour to work in the plantations of British, French, and Dutch colonies.」
インドからの移民の歴史についての記述なのだが、日本語訳では「~の植民地」が抜けている。

「他の国からの移民と異なり、インド人は西洋文化と簡単に混じり合いませんでした。彼らは新しいルールは直ぐにマスターしましたが、文化的な特殊性は、なかなか受け入れられませんでした。[261p.]
原文「Unlike immigrant communities from some other countries, Indians do not blend in easily in Western cultures; they learn the new rules quickly, but unlearn their cultural particularities with great difficulty.」
文化相対主義の見地からは「西洋の文化」も「特殊」だから誤訳ではない、と無理やり弁明する事も可能かもしれないが、ここでは「自分たちの文化的な特殊性をなかなか手放しません」と訳すべきでは。
しかも原文では動詞の時制は現在形だし、「~でした」と既に過去の話みたいに訳しては変では。

「コロニーと呼ばれる不法家屋」[266p.]
原文では「'unauthorized' colonies」なので、「無認可のコロニー(新興住宅街)」くらいが妥当では。「コロニー」という単語自体は別に「不法家屋」の意味ではないので。


③日本語訳として説明不足(ないし適当でない)と個人的に思う箇所

深い記述」[32p.]
原文では「thick discription」となっていて、文化人類学者クリフォード・ギアツの著書『Interpretation of Culture』からの引用という形を取っている。たしかに「深い」と訳しても誤りではないだろうが、文化人類学の用語としては(著者の語彙選択を優先してか、直訳的に)「厚い記述」が採用されている。
意味としては「単なる結果の羅列ではなく、背景となる状況や人々の思惑なども含めた、一連の出来事にまつわる様々な要因の相関関係を明らかにするような記述」な感じだったかと。

「ナクサライト」[115p.]
原文では少なくとも「etremist Naxalite」とも書いてあるので、訳者によるカッコ書き説明(訳者注の明示無し)の「共産主義の団体」くらいでは中途半端かと。単なる政治団体にとどまらず、極端な左翼思想の武装ゲリラだという事くらいまで説明するべきでは。

「汚れ」[150p.]
原文(インドの社会学者アンドレ・べテイユの文章からの引用部分)では「pollution」が使われている。この場合のように、心理的に「キタナイ」と感じる事を示すなら、文化人類学&民俗学的に「ケガレ」(ないし「穢れ」)と表記すべきかと。

「明らかに黒人の国」[173p.]
原文では「a defintively brown nation」となっている。間違ってもインド人が自分たちの肌の色を指して「黒」とは表現しないと思うのだが・・・。まぁ長いけど、「茶色い(もしくは褐色の)肌の人々の国」とでもするほうが妥当では。

「カシミールからカンヤクマリまで」[202p.]
原文では「from Kashmir to Kannyakumari at the southernmost tip of India」なのだが、ようするに「北はカシュミールから南はカンニャークマーリー岬までのインド津々浦々で」みたいな意味の表現。ただ地名だけを挙げてもインドの地理を知らない人にとっては意味が伝わりづらいのでは。

「ムスリム・スーフィー[234p.]
原文では「Muslim sufis」であって「sufism」ではないので、宗教名扱いの「スーフィー教」と訳すのは変では。
しかも「スーフィー教」って訳語は何か違和感ありますが。仮に「正統派」から「異端」の烙印を押されて別物扱いされても、彼ら自身は「イスラーム教」だと思っているのでは?

「中東」[259p.]
原文では「the Gulf」なので「湾岸諸国」とすべきでは。もともと地理概念として同一ではないし、本文では「インド人ディアスポラ」の主な居住地域の一つとして言及されているので。


④本文中に重要な用語として登場するヒンディー語の単語2つのカタカナ音訳について改訂案。

「オカット」[41p.](原文「auqat」)→ オゥカート(もしくはアウカートとか) औक़ात
「ジュガード」[99p.](同「jugaad」)→ ジュガール जुगाड़
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by ek-japani | 2006-11-30 20:59 | 書籍


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