カテゴリ:考察( 14 )
अल्लाह ने हंसमुख बनाया
c0072728_2232725.jpgここで聴いたアズハル・ウスマーンのインタビュー、けっこ~おもろかったです。

面白さ激減するのを承知であえて文字におこすと、例えば・・・
アメリカでそのヒゲだと人からジロジロ見られたりしない?

ん~そうっすね、ほんとみんなジロジロ見てきますよー。でもとくにガン見されんのは、僕が道ばたでロケットランチャー持ってウロウロしてる時っすね。

これ以外にも、インタビューの終わりのほうでお得意のネタ「お国かわればサラームかわる」モノマネを披露してくれてます。つーか、「中国系ムスリム」までくると流石にそりゃネタ作りすぎ!って感じがしなくもないんですが、もはやあとは勢いです。
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by ek-japani | 2008-12-01 00:08 | 考察
事件について独り言
今度のテロは何で起きたの?ってテレビでこの事件のことが出てきたときに家族から尋ねられましたが、自分にはよーわかりません。で、ここ数日テレビのニュース番組に加えて、BBCのサイトやここのストリーミング放送とかに注目してましたが、それっぽい原因や理由は何とでも挙げられるけど、やっぱり本当のところは現時点で誰にもよーわからんのが本音じゃないでしょうか。

とはいえ、テレビで9時台のニュースとか見てると、最後に「インドは宗教対立や経済格差もありますからね」な感じのコメントで結局まとめられてしまうことが多かったような気がしました。複雑な事件の背景をあれこれ報じた後で、とりあえず多くの視聴者が理解しやすい枠組みに話の落としどころを持ってくることはテクとして有用だと思いますが、上記のようなコメントは論理が飛躍し過ぎてる気がします。
(あんま関係ないけど、日本語の四字熟語って、こういう時に何となく理解したような気になれて便利というか、日本語に慣れた眼や耳にすっきりと収まり過ぎてやっかいというか、なかなかくせ者ですな。)

♨♨♨

そういえば今回の事件報道で見かけたこの談話
犯行声明を出した「デカン・ムジャヒディン」は組織名から南インド・デカン高原出身者のグループだろう。同地方ハイデラバードにはインドからの分離独立を求めるイスラム過激派が古くから存在しており、その流れをくむグループではないか。過激派には現在、大きな指揮系統はなく、小さなグループがアイデンティティーを訴えるため、勝手に名前を付けて活動している。
たしかにこことか読むと、併合直前に白色テロをしかけたラザーカールからの流れが少なからず今に脈々と続いてるという見方も確かにあるようだけど、その後の報道を見るかぎり、組織名にもとづく実行犯についての予測は外れたようですね。
(しかもこの人物の専門って中東地域だったのでは?新書をたくさん書いてて一般的な知名度があったからコメント求められたのかもしれないけど、微妙に畑違いな気がしましたが。)

♨♨♨

にしても談話を取るためとはいえ、殺されるかもしれない状況から解放された直後の人に向かって「大丈夫ですか?」ってのも何だかなぁ。
まぁそんな感じで、今回の事件現場周辺での報道メディアの節操の無さへの批判も早くも出てるみたいですね。ここの記事では「今回の事件で最もテキパキ適切に動いたのはテロリストたちと軍特殊部隊、その反対は警察、それからメディア関係者」とまで言いいきってますが、日本の民放顔負けなインドのニュース専門チャンネル間の熾烈な争いと、それを物語るようにやたら文字テロップがちらつくテレビ画面を思い浮かべると、まぁそうだろうなぁと思います。しかも外国人の人質が多かったから各国メディア特派員も含めて多数押し寄せたのだろうし。
これとかこれとかを見ると、タージホテル前の広場はメディア関係者で大賑わいだったようですね。)

鎮圧作戦が終了して事件が一段落した現時点だと、とくに鎮圧作戦中に殉職した警察や軍の関係者に焦点が集まっているようですが、犠牲者がこれでもかと扇情的に映し出されるのも万国共通の約束事なんでしょうかね。英雄を祭り上げたり悲劇仕立てにするのは勝手ですが、なんだか事件が起きるたびに見せられるとアレな感じに思えてきますが・・・。

♨♨♨

あと、実行犯らが隣国から来た可能性が高いからって、波平おじさんや一部の人々に「外敵の仕業!」ってファビョらせる隙を与えるような方向へあまり話を誘導しないことをインドのニュースチャンネルには期待します。おそらく今回の事件のせいで、それまで騒がれていたマーレーガーオン爆破事件関連の報道もすっかり下火になってしまうんでしょうが、一見ただのキャッチな煽り文句のようでいろいろと問題提起を含んだ「ヒンドゥー・テロ」なんて面白い言葉がせっかく出てきたのに勿体ないですな。


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横から遠目にタージパレス&タワー

何はともあれ、今回の事件で一番印象的だったのがタージホテル周辺を飛び回るハト。
ホテルの建物に巣を作ってたんですかね、あんな爆発があったり煙に巻かれたりしたのにいつまでも飛び去らずにいるとは。しぶといというか根性座ってるというか、あんなに逞しいとは思いもよりませんでした。ハトあなどれません。
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by ek-japani | 2008-11-30 01:03 | 考察
買いますか?
近頃寒いですね。
そんなわけで、最近『India Today』で見かけた広告でも。


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डालर® Wintercare
Double Maaza
जल्दी कीजिए
स्टॉक सीमित ।
डॉलर विन्टर केयर कोई भी दो प्रोडक्ट
खरीदने पर पाइये ३५ रु॰ मुल्य का
एक जोड़ी मोजा बिल्कुल मुफ्त
お早めに
在庫は限られています。
ドル・ウィンターケアの製品どれでも2点を
お買い上げになると、もれなく34ルピー相当の
靴下一足がとにかく無料



こんなのをネットに載せてしまうと、いわゆる「踊る!インド」な偏見を助長してしまうんじゃないかと危惧してもいるのですが・・・。でも、こんな微妙な2人の前ではそんな心配どうでもよくなってしまいます。

・・・とにかく、モデル&俳優として2人のキャリアがこれから先も明るいことを祈りましょう。
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by ek-japani | 2007-01-11 18:21 | 考察
季節感と商品広告
そろそろ『India Today』誌に掲載される広告にも歳時記的な要素がそこはかとなく・・・。
この時期祭礼シーズンな雰囲気を醸し出して、容赦なく人々の購買意欲を盛り上げようというわけですな。

例えば、昨日届いた号で見かけた広告はこんな感じ・・・。
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IFB(家電会社)の広告
※真ん中の宣伝コピー
आपका नाम हमेशा उसके साथ जुड़ा नहीं रहेगा.
मगर आपके दिए गुण ज़रूर रहेंगे ।
(あなたの名前がいつまでもそれと共にあるという事はないでしょうが、
あなたが授けた性格クオリティーは必ずや残り続けるでしょう。)
実は最初ぱっと見た感じシチュエーションが分からなかったのだけど、商品写真の下に「新たな時代の家庭を築く際の手助けを、IFBの家電製品によって娘さんになさってあげては。」(अपनी बेटिया को IFB के घरेलु सामन से नये ज़माने का घर बसाने में मदद करें. )とあるので、どうやらコピー文中の「それ」は(結婚して苗字が変わる)娘のことを指しているらしい。
これから春までの結婚式シーズンに向けて、結婚を間近に控えた娘を持つ(もしくは、婚齢期の娘の結婚について意識し始めている)父親をターゲットにした広告ですな。
※いちおう父親・母親の両方が顧客対象とも取れなくはないが、「あなたの名前」とあるので父親が中心かと。(地域や宗教コミュニティーごとに名前のルールも千差万別なので、必ずしも女性が結婚前に父方の、結婚後に夫方の姓を名乗るとも限らないかもしれないが、とりあえず。)

結婚の際に花嫁側の家族が娘に持たせる、いわゆる結婚持参財(dowry दहेज़) としても家電製品を売り込むチャンスという訳なのかもしれない。ただ、それら家電は、単に将来故障したりモデルチェンジしたりで買い換え可能な「物」ではなく、もし仮に将来そうなったとしても贈る相手の内面に何かしら残る「モノ」として、コピー文中における名前/性格の対比と平行するような図式で提示されている。
(これって・・・、某カード会社CMでお馴染みの「思い出=プライスレス」な売り込み方ですかな。)


※10月8日追記:少し誤訳というか、広告文の意図を読み違いしてたようなので、それに関する部分の記述をとりあえず斜線引いときます。(そのうち書き直すかも・・・。)

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トヨタ自動車(インド); Innova の広告
※左下の宣伝コピー
Good son. Perfectionist. Go getter. Sincere.
Everyday. Many Roles. One Car.
"So, what role are you playing today?" Amir Khan
(おそらくディーワーリー दीवाली の)プージャーをガートで行う家族と、その側に停車している乗用車がなんとも対照的で印象に残る。
広告コピーを見る限り、左隅で母親と思しき中年女性の手を引いているアーミル・カーンが主役のようだ。この車種の広告シリーズにおいて、出勤や仕事中の移動、休日の家族でのショッピング、休暇での友人たちとの遠出など、顧客として想定しているミドルクラスの男性の日常の様々な場面における用途に対応して、それぞれ「仕事のできるビジネスマン」「妻や子供思いの父親」「友人に囲まれた若者」などの理想象が提示されている。
これだけなら日本の家族向け乗用車の宣伝でも別段珍しい事ではないだろうが、この広告みたいに「良き息子」のような役割が出てくる例は全く見かけない気がする。

また、広告を見る者に対して祭礼の時に高まる「伝統」的な雰囲気をさらに再確認させるような感じで、シルクのサリーなど祭礼用の晴れ着で着飾った女性たちが配置されている。これは、人々の記憶や実際の消費行動の上で、、高額商品(自動車、貴金属アクセサリー、前述の家電製品など)の購入と秋の祭礼シーズンの両者がわりと強く結びついているからだろうと予想。それでも、自動車が象徴する「モダンさ」を前面に出した自家用車広告がおそらく大多数な中で、(期間限定とはいえ)今回みたいなのはけっこう珍しい部類なのでは。


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Godrej; Ultra Locking Systems (錠前)の広告
※右上の宣伝コピー
आपकी शॉपिंग अधूरी है...
...जब तक आप इसे गोदरेज अल्ट्रा लॉक की सुरक्षा नहीं देते ।
(あなたの買物は中途半端なままです・・・、
・・・ゴードレージ製のウルトラ・ロックの安心さを付け加えない限り。)
せっかく思い切って高い物買っても盗まれたら元も子もありません、というわけですな。まぁ確かに・・・。
大してこの時期限定というもんでもないが、とりあえず。


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△ おまけ

別に祭りシーズンな広告では無いけど、クリケット選手ハルバジャン・スィン हरभजन सिंह (右)の髪型がかな~り珍しかったのでつい・・・。(普段はスィク教徒の「頭の上にお団子」スタイル。)
ちなみに後の2人はマヘーンドラ・スィン・ドーニー महेंद्र सिंह धोनी (左)、ユヴラージ・スィン युवराज सिंह (真ん中)。

※10月8日追記:なんかこの広告でのバッジーの髪型について一悶着起きたようですな・・・。


というわけでした。
ではでは~。
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by ek-japani | 2006-10-04 12:57 | 考察
プリンターのCM
今日テレビで偶然こんなCMを目撃。うひょ。

テーマは「エスニック」らしいのだけど・・・。
この言葉が日本の文脈で一般的に喚起するモノとして、やはり(漠然としたイメージとしての)「インド」は割と中心的な位置を占めているんですかね。
まぁ、宣伝する商品の特性上、「色とりどり」「鮮烈な色使い」という事でも選ばれたんでしょうが。

何はともかく、六甲サリーズの仲介で発注したという衣装、確かに煌びやかで何かすごいですな。
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by ek-japani | 2006-09-22 23:55 | 考察
アズハル・ウスマーン
c0072728_2342120.jpg最近アズハル・ウスマーン अज़हर उसमान اظہر عثمان が気になる・・・。

こういうコメディアンがアメリカにおるのは以前から知ってたのだが、最近ふと公式サイトを見つけ、さらにYouTubeでいくつか動画を発見してからというもの、誰か新しいの上げてないか確認がてら、ちょくちょく息抜きに見てしまいます。あとGoogle Videoでもいくつか発見。

残念ながら自分、肝心のオチの部分が聴き取れなくて置いてかれる場合がほとんどなのだけど・・・。まぁ動画だから何回でも見れる、と思いきやわからん事がやっぱり多し、無念。
(オチの部分は特に畳み掛けるように早口で言ってるのもあるんだろうけど、何かアクセント?自分的に聴きなれない響きの英語、と言い訳を残しておく。)


そんな乏しい理解程度ながら、何か知らんがこのネタ(02:08~)には反応した。ヒンディー語やウルドゥー語などで「明日」と「昨日」(「カル कल کل」)、「明後日」と「一昨日」(「パルソーン परसों پرسوں」)がそれぞれ同じ単語を使う、な~んて事まで笑いのネタに。その使い分けに慣れて何の疑問も新鮮さも感じなくなってる人にとっては「あぁ、そんで?」な話なんだが、あの声と風貌とリアクションにかかると何だか知らんが不覚にも笑ってしまった。

他には、各国出身ムスリムの「特徴?」をコミカルに演じ分け笑いを取ってるネタ(01:53~)なんか分かりやすいですな。


c0072728_229221.jpg観客が自分と同じムスリム(もしくは南アジア系)だろうが、それ以外であろうが、いろんなバックグラウンドの観客に、いろんな方向からのネタで笑いをとってるようだ。
少し意外なのは、彼自身の属性(「ムスリム」であったり「南アジア系アメリカ人」であったり)が戦略的本質主義な感じでネタとして前面に出てくるわけではなさそうな点。むしろ現代アメリカの日常風景として起こりうる、ささいなカルチャーショックの瞬間をコミカルに描き出したネタなんかが多いのかな。(少ししか観てないので、違ってるかもしらんけど・・・。)
そういうカルチャーショックは方向付け次第で容易にステレオタイプへと転化しやすいが、「新たな隣人」としてのムスリム・アメリカ人に対して主流派アメリカ人の側で形成されるそのような漠然とした「戸惑い」を、巧みに流用して戯化してしまうとしたら、何かすごい人物なのでは。


何かしらの集団を「差異」に基づいて「笑い」や「風刺」のネタにする行為は、下手すると(もちろん、最初から悪意があって、の場合も少なくないだろうが)一方的な力関係を背景にした「表象の暴力」に陥いったり、さもなければ今の世相として「不適切な表現」と各方面から非難を受ける可能性も少なくないだろう。
かといって、そんな状況で「タブー」化が進み、公然と語りづらい硬直した雰囲気になってくると、ある日堰を切ったように「表現の自由」とかかんとか理由つけて極端な動きも出てきてしまうと思うので、うま~くバランスを取ってすり抜けるような「笑い」が世の中の適度なガス抜きとして必要でしょう。
特に、ここ数年の「イスラーム」とか「ムスリム」とか、その扱いを巡って硬直した雰囲気があちこちで高まってきてるからこそ、こういうトリックスター的な存在はますます必要なんでしょうなぁ、ほんとに。


今回の結論としては、「マイノリティー」による「笑い」を通した既存の支配的秩序への申し立て、その抑圧的な状況を変えるための具体的実践について考えさせられる、という意味でおもしろい人物というか現象というか。
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by ek-japani | 2006-08-31 02:46 | 考察
とりあえずバトン・・・。
何だか知らないが「インド」のお題で書くことになりました・・・。


 ■ 問1.PCもしくは本棚に入っている『インド』

これはまぁ・・・、書き始めるとキリが無いので現在のPC壁紙だけ。
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南アジアの地形が覚えられて便利?
ちなみにオリジナル画像の出典元はウィキペディア。


 ■ 問2.今妄想している『インド』

ヨーガのポーズを取っているサリー姿の女性の前にタクシーが停まってくれる日。
周知の通り、目撃現場が吉祥寺であると尚更よい。(←これじゃインドじゃないって???)
もちろん妄想ソースは大槻ケンヂ氏・・・。


 ■ 問3.最初に出会った『インド』

入学~2年時までの期間にいらしてた客員教授の某P先生。
まれに研究室を訪ねると、何だかカルダモンの粒を振舞ってくれた、苦爽やかな思い出。
(さすがに皮を飲み込むのまではできなかったが・・・。)


 ■ 問4.特別な思い入れのある『インド』

初めて乗った成田離陸前のエア・インディア機内。
シートベルト着用やトイレの案内用看板が外れかけてるのを、いつもの事のように乗務員が応急処置してるのを見た瞬間、もちろんガムテープで・・・。


 ■ 問5.あなたにとって『インド』とは?

ある程度言葉に困らずフラフラできる唯一の外国。
(あ、やっぱウソ。困ることばかり。)


 ■ 問6.バトンを回したい人5人とその【お題】

う~ん、回す人もいないので容赦無く止めます。
なんか不幸になりそうだが、まぁ誰か何とかしてくだされ。


やる気のないバトンですいませぬ~。
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by ek-japani | 2006-06-01 12:49 | 考察
デーヴァナーガリーで顔文字?
自分は顔文字使う習慣はありませぬが、ネット上で不特定多数のいろんな人が、あれだけの種類をよく考案し続けてるものだと思う。
もはや某掲示板の枠をはるかに超えて、日本語のネット空間に横溢してますがな・・・。


そもそものきっかけは、こないだ何の因果か、ウィキペディア日本語版の顔文字(と英語版のEmoticon)の項を見たことにはじまる・・・。

それによって、日本式(ホントに?一応他にも同じ2バイト文字である中国語&韓国語のネット空間でも使うらしいが・・・。)だと顔文字でも、半角文字と全角文字の2系統あるというのもわかった、世間の顔文字の普及ぶりからすると今更ながらの話だが・・・。


さらに驚きなのが、1バイト文字の欧文(ラテン文字系統を筆頭に、キリル文字・ギリシャ文字とか;あとバイト数だけならアラビア文字&ヘブライ文字も、方向逆になるけど)のネット空間では、なぜか首を左に傾げて見ないといけない(そんな事ない?)ような横倒し式の顔文字が発達しとるらしい・・・。

日本人からすると、なんで??わざわざ横倒しで??という気もする。非漢字文化圏のひとにとって、日本語とかの縦書きが奇妙に見えたりするのと同じようなもんだろうか?
とりあえず、文字&記述伝統の違いや戯画的スタイルでの表情の認識感覚の違いと、最初にコンピューターで考え付いた人の個人的な発想の違いというふうに仮定して無理やり落ち着けとこう・・・。


で、本題です。

c0072728_975476.jpg最近インド人のヒンディー語ブログを見てると気付くのが、本文やコメントの文末に欧文式の顔文字(←みたいなやつ)を使ってることが多々ある。
c0072728_98594.jpgう~ん、これはいかん。(いかんってことも無いんだが・・・、日本人として見てて何かアレな印象なので。)
まぁヒンディー語(+その他インド系諸語)の文字も、欧文同様に“左→右”に読む&書く方式なので、欧文式な顔文字を使おうが好き勝手にしていいんだけど・・・。
ちなみに、こういう→某メッセンジャーの顔文字(?)を使ってるのもよく見かける。

しか~し、ヒンディー語は(WindowsXPとUnicodeフォントのおかげで格段に普及したとはいえ)ネット空間の記述言語としては未だ日が浅く、規模もまだまだ小さい。それでもインド系諸語の中では多分トップ、もしくはタミル語の次くらいだろうけど。(むしろデーヴァナーガリー文字を基準にしたら、マラーティー&ネパーリーとかも加わるのでダントツ1位だろう。)

そんな発展途上なヒンディー語のネット空間における“非言語コミュニュケーション記号”(って大仰に書いてみたが、顔文字とかのことね)は、誰かが仕掛けて記述方式を整備する余地が今でも残されてるのではないだろうか!!

まぁ、欧文方式に慣れたインド人が使う横倒し顔文字に対抗して、日本語非対応の環境でも表示可能な(といっても、文字コード次第では十分崩れる可能性アリだけど)半角の日本式顔文字をヒンディー語のネット空間にそこはかとなく書き散らして、それをマネする輩が出てくるかどうか試すのもいい(誰か自分に代わりやってくださらんかね??)だろうが、もっとおもしろくイジる可能性はないでしょうか?とも思う。

つまり、デーヴァナーガリー文字&半角記号で顔文字作れんものか・・・??とゆう話ですな。

とゆーわけで、そのうち(いつになるか知らんが)誰かインド人に先越される前に既成事実としてネット上に記録を残しておくため、拙いながらも試作してみた・・・。
(त_त)  普通
(प.प)  普通
(ब,ब)  軽く驚き
(च.च)  右に流し目;疑わしい気分
(ट_ट)  呆然
(म"म)  怒り;眉間に皺
(व*व)  額にビンディー 
(ढ,ढ)  軽く驚き;右向き
(ऍ,ऍ)  涙目
(णAण)  呆れ顔
(ठैдठै)  脱帽
バリエーションや表情が乏しくなるのは文字の形として限界もあるのでしょうがない・・・、かな??デーヴァナーガリー文字には上に横棒が付くので、せいぜい“眼”の部分に使うのしか思いつかないけど、あとは普通に記号とかで、“クチ”の部分のヴァリエーションや顔の横に“手”をつけるとかのオマケでいくらか応用できるでしょう。
そのうち誰か進化させるかもしれんし、あとは任せます。(自分には顔文字的な創造力は無いようです・・・。)

あ、でも表情の識別やその意味内容も、文化の文脈が違ってくると変化するって場合も多々あるだろうから、こっちが意図したように認識してくれんかも・・・。それじゃコミュニュケーション破綻?
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by ek-japani | 2006-01-29 09:31 | 考察
アムール・モペット
最近あるインド人のブログで見かけたのが、こんなの・・・。

c0072728_2342970.jpgインドの“Amul”という乳製品&製菓会社(日本の森永とか明治みたいなもんかな・・・??)の名前は、なんとなくアイスクリーム・パーラーとかで知ってた。
でも街頭広告(バター)でこんなおもしろいのを、しかも1966年から着々と続けていたとは全く知らなかった・・・。

c0072728_23423996.jpg※知らない人のためにも、ちなみに上の絵の元ネタはこんなやつ。

2004年公開のヒンディー語映画『Swades स्वदेस 』のタイトルとSwad Dish(「スワード स्वाद 」= 「味」、「ディッシュ」=英語の「皿・料理」)がかけてある。
会社名の下に書いてある“Eaten by we the people”(我々インド人により食されている)の「we, the people」部分も映画のサブタイトルより。


他にも映画パロディーネタでおもろしろいのがいくつか・・・。

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fizz Hai - In search of her butter

c0072728_2344483.jpg元ネタ:2000年公開の映画『Fiza ‐ In search of her brother』、ムンバイーでコミュナル暴動が起きた際に、ある事件がきっかけで行方不明になった弟を探すムスリム女性の話。

※映画タイトル兼主人公の女性の名前「フィザー फ़िज़ा فضا」と同じような綴りの英単語を(かな~り無理やり?)かけている。Fizz=英語の「炭酸・活気」とかの?、Hai है =「である」 。

→ ★☆☆ :なんでバターを探す? でも不覚にも笑ってしまった。


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Amul LAGAANA - Upon every slice in India
(“アムールのバターを塗れ - 全てのインドのパン切れに”)

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c0072728_2345211.jpg元ネタ:2001年公開の大ヒット映画『Lagaan - Once upon time in India』、イギリス植民地政府と年貢の3年間免除をめぐって、村人たちがクリケットの試合を戦うという歴史モノ。

※映画タイトルの「ラガーン लगान」(「年貢」)と「ラガーナー लगाना」(動詞「つける」の命令形の1つ)がかけてある。サブタイトルも上手くもじっている。

→ ★★★ :かな~り大爆笑。ちゃんと食パン持ってるし・・・。


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Got COMPANY? - Serve Amul Khathe rehna

c0072728_2346484.gif元ネタ:2002年公開の映画『COMPANY』、ムンバイーのマフィアの内部抗争とその中心となった2人の友情を描いた映画。

※映画の題名兼劇中での主人公たちのマフィアグループの名前が「カンパニー」なのだが、同じ英単語の「会社・結社」という用法と同じく「仲間・つれ合い」という用法をかけて、「(一緒にバター塗って食パン食べる)仲間は得たか?」なんて意味不明なオチ。後ろの“Khathe rehna खाते रहना”( 食べ続けていろ)も、この映画の有名な曲『khallas ख़ल्लास خلاص』の一節“Bachke tu rehna बचके तू रहना ”をもじってる。

→ ★★☆ :う~ん・・・。元の映画のシリアスさをぶち壊す点でおもしろい、のかな?


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BHOOKH - a TOAST story

c0072728_23472657.jpg元ネタ:2003年公開の映画『Bhoot - a GHOST story』、ホラー映画ブームの先駆け。

※映画タイトルの「ブート भूत」(「幽霊」)と「ブーク भूख」(「空腹」)をかけてある。

→ ★★☆ :というか・・・、何でトーストの話なの?やはり何でもありですか・・・。


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MASKA-E-AAZMA

c0072728_23501747.jpg元ネタ:オリジナルが1960年公開の不朽の名作映画『MUGHAL-E-AZAM مغل اعظم』、今年になってカラー化されて再公開された事によって注目をあびた。ムガル朝アクバル اکبر 大帝の一人息子サリーム سلیم 王子と踊り子アナールカリー انار کلی の悲恋の物語。

※映画タイトル「ムガレ・アーザム」(「偉大なるムガル」)と、「マスカーエ・アーズマー مسکۂ آزما」(「お試し?のバター」)がかけてある。

→ ★★★ :何でまたトーストを食べさせる?まさか往年の名シーンがこうなるとは・・・。


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Makhan Aan De - THE SLICING

c0072728_23512612.jpg元ネタ:今夏に公開された話題作『Ballad of Mangal Pandey - THE RISING』、1857年のインド大反乱のきっかけとなった、スィパーヒー सिपाही (セポイ)の乱を起こした東インド会社のインド人兵士の話。

※映画タイトルにある主人公の名「マンガル・パーンデー मंगल पांडे」と「マッカン アーン デー मक्खन आन दे」(バターを???しろ)がかけてある。(アーンの部分が少し意味不明・・・。)

→★★☆ :う~ん、話題になってるモノなら何でもいいのか?とりあえずバターとスライスにこじつけとけば?

まぁこんな話題の映画をパロディーにするだけでなく、その他にも世間が関心を寄せるトピックならなんでも題材に。しかも時には公権力に対してユーモアを交えた批判を、時には暗い世相を憂う声を、時には言葉少なく亡くなった著名人への追悼や災害被災者への同情を、というようにインドの「市井の人々」の声を代弁する役割を果たしてきたというのが長続きしてる大きな理由なのかもしらんね。
もちろん「市井の人々」といっても、多種多様な背景を持ち、個々の政治的な意見は時々によって分かれるだろう。それでも時に厳しい世間の現実を「笑い」に変え、毎日の暮らしを少しでも楽しいものに変えようという試みにおいては、どこかで広く共有される見解があるような気がする。

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Aabaadi ya barbaadi?- Amul One in a billion
(“繁栄か荒廃か? - アムール、10億の内の1人”)

インドの人口が10億人を越えたのを機に。

※ペルシア語起源の「アーバーディー آبادی」という単語は、地名の後ろによくある「~アーバード」(「~の栄える土地」という意味)が名詞になった形で、「繁栄」という意味以外で一般的に「人口」という意味でも使われる。人口の多さ=国の繁栄、と現代では必ずしもならない状況を踏まえて。後ろに似たような音で正反対の意味の「バルバーディー بربادی」と対比させている。


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Makhan chor mange makhan more
 (“バター泥棒がねだった、もっとバターをと”)

ジャナマーシュトミー जन्माष्टमी (ヒンドゥー太陰暦第6月バードーン भादों 月 に行われる、クリシュナ कृष्ण の誕生を祝う祭り)の季節に。

※「マッカン チョール मक्खन चोर」(「バター泥棒」)とは、幼児時代のクリシュナのこと。母親が台所のどこにギー घी を隠しても不思議と必ず見つけ出し、全て嘗め尽くしてしまうという寓話にちなむ。近年の大衆宗教絵画なんかで題材としてよく書かれる。
 それに加えて、おそらくこの時期流行った?ペプシのCMキャッチフレーズ、「イェ ディル マーンゲー モア」(「心が求めた、もっとさらにと」)もかけてある。


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Caste no bar, Class no bar, Amul bar bar - Amul Butter Every Mandal's Choice
(“カーストに境界線無し、階級に境界線無し、アムール何度でも - アムールバターは全ての人々が選んだモノ”)

1992年に様々な議論や騒動を巻き起こしながらも施行された、公職における一定の割合を特定の後進諸階級などに対して優遇する留保措置に関して。その措置を実施するうえで元になった、1980年に出されたマンダル मंडल 委員会(通称;正式には第二次後進諸階級委員会)報告から、マンダル事件の名で呼ばれるようになった。

※この保護政策の実施においてまず1つ大きな論点が、どこまでを留保枠に含めるのか?という境界を設定する基準だった事と、その留保措置がかえってインド社会をカーストや階級といった区分で分断する結果につながるという批判を踏まえて。「バー」(英語の「棒・障害」とか)と「バール बार」(「~回、~度」)をかけている。


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Naaraaz Sharif! - Arresting taste
 (“お怒りシャリーフ! - 捕らえて離さない味”)

1999年にパーキスターンで起きた政変クーデターについて。当時の首相ナワーズ・シャリーフ نواز شریف がパルヴェーズ・ムシャッラフ پرویز مشرف 参謀総長(現・大統領)を解任したことをきっかけに起きた。

※解任された首相の名前と、その心境「ナーラーズ ناراض」(「不満な、怒っている」)をかけてある。加えて解任後に身柄を拘束された事と「アレスティング」(英語の「人の注意を引くような」)をかけてある。


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Arms janta ka favourite! - No sanctions needed
 (“兵器は一般市民のお気に入り - 何の制限も不要”)

1998年に行われた核実験について

※「アームズ」(「兵器」)と「アーム आम عام」(「一般の、普通の」)がかけてある。後ろのは核実験後に起きた国際世論からの非難と包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名・批准をめぐる議論を踏まえて。


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Ishwar、Allah, Tero Naam、Sabko Sanmati de Bhagwan
 (“イーシュワル、アッラー、どちらも貴方の御名、善き心を与え給え神よ”)

1992年のバーブリー・マスジド破壊事件とその直後に国内でコミュナル暴動が頻発した状況に対して。

※上のはマハートマー・ガーンディー महात्मा गाँधी が歌った有名なバジャン भजन (宗教歌)の一節。「イーシュワル ईश्वर」はサンスクリット語起源の「神」を指す単語、「アッラー اللہ」はアラビア語起源のイスラームなどの一神教における「神」。宗教融和を訴えている内容。


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Don't spread rumours, Do spread goodness

1992年にムンバイー मुंबई で大規模に起きた市民暴動の時期に。

※実際に起きた事以上に、故意に人々を扇動するような噂によって事態が悪化、互いに対する報復の応酬によって暴動は拡大・深刻化していった。


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(無し)

2001年に起きたグジャラート गुजरात 大地震の直後に。


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Bas kare taiba
 (“もうたくさん、タイイバー”)

カシュミールでのテロ活動が激化し、それらの組織がインド各地でも事件を起こすようになった事に対して。

※11月7日にデリーで起きた連続爆破事件でも名前が挙がったテロ組織「ラシュカレ・タイイバー لشکر طیبہ」の名前の前半分と、「バス カレー बस करे」(「もうたくさん、やめて」)がかけてある。
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by ek-japani | 2005-12-01 01:31 | 考察
語劇を見てきた・・・。
土曜に外語祭でヒンディー語&ウルドゥー語の劇を見てきた・・・。


今年はヒンディー&ウルドゥー両専攻が結託して、基本的に一つの専攻語につき1枠90分の時間枠を連続して使えるように登録して、通算3時間の時間枠を確保したようだ。
その時間内に4つの劇が行われた。最初の30分づつでヒンディー語専攻とウルドゥー語専攻の2年生がそれぞれ、その後1時間は大阪外語大ヒンディー語劇団、最後の1時間で東京外語ウルドゥー語劇団、という感じ。
だけど、毎年の事ながら当日開始前の準備の際などに予想外な事がおきたりで、それ以前に行われた他の時間枠の劇からだんだんと少しづつ遅れが溜まってきてたのだろう、時間がずれ込みまくってた・・・。まぁそれもありでしょう、観客もそういうの慣れてるだろうし・・・と思いつつ、久しぶりに会う知り合い何人かと話したりして幕間を過ごした。


○ 「PYAAR KA CHAKKAR, URF FORMULA 420 प्यार का चक्कर, उर्फ़ फ़ॉम्युला ४२०」
  オリジナル作品
  日本語副題:「愛のマサラ~恋のお味はスパイシー」

この劇のシナリオを、知り合いの在学生さんが一から練り上げたというので見たかったのだけど、何だかんだ遅れて4時過ぎに駆けつけたので見れなかった。無念。シェークスピアの「真夏の夜の夢」をパロディーにした喜劇だったらしい。


○ 「SHAHI GHAR MASTIYAAN شاہی گھر مستیاں」
  Dr. Muhammad Yunus Bat 作
  日本語副題:「乱 嵐 爛♪~サリーム王子がやってきた!の巻~」

劇が上演されている講義棟の大ホールに着いた時にはかろうじて終盤頃だった。
映画『ムガレ・アーザム』のパロディー??な感じの喜劇なんだけど、こんなお茶目な劇の脚本があったとはビックリ。


○ 「EK RAAG DO SWAR एक राग दो स्वर」
  原作:ラージェンドラ・シャルマー
  日本語訳タイトル:「不協和音」

見ていて第一に思ったのが、ヒンディー語のセリフ回しのリズムがすごく軽妙なところだ。喜劇に大切な要所要所の笑いどころで、しっかり観客を笑わせるには時に畳み掛けるように一気に喋って、タイミングよくビシっと決めなければならない。それには早口になっても舞台席の観客がはっきり聞き取れる演劇のセリフとしての明瞭さはもちろんの事ながら、語劇の場合は外国語の発音としての明瞭さも求められるので、すんご~い大変な事この上ないと予想。
特にその「急」の部分に関しては、主役の夫婦役の2人がすごかった。口ゲンカしてる時なんかはかな~り早口のセリフの掛け合いがほんとに息ピッタリで、ドタバタ風な喜劇のおかしさを存分に醸し出していた。しょうもない感じの口汚い罵り合いの事を「तू तू मैं मैं」(直約すると「てめぇてめぇ俺俺」)とヒンディー語で表現する事もあるけど、正にそんな言葉を彷彿とする。(もちろん冷め切って仲が悪くともあくまで夫婦なので、言葉使いとしてはそれより一段階は節度がある口ゲンカだけど。)
個人的に好きなのは、前半の方で夫婦ゲンカが激しく盛りあがったクライマックスに「I hate you!」「Shut up!」「You shut up!!」とかかんとか叫んで、ピタッとキマッてからお互いに「ふんっ!!」で1ラウンド終了する部分。何かすごい印象的に耳に残った・・・・。(ヒンディー語劇なのに英語のセリフ部分を褒めるのもなんだが。)


○ 「HIROSHIMA KI KAHANI
  原作「はだしのゲン」:中沢啓治
  脚本・演出:木島恭
  制作:木山事務所

小学生の時に少し読んだだけ(絵柄が何かうけつけなくて・・・)なのであまり原作の話の筋をまともに知らなかったのだけど、わりとすんなりと話に入っていけた。しっかりした日本語劇が原型になってるいるからだろうか、やはり演劇としての完成度はかなり高い感じがした。特に主役のゲン役とその弟・進次役、それに生き写しの少年・隆太役の俳優さんがたは会場にセリフを轟かせながら舞台を所狭しと大きく動き回って、溌剌と逆境に負けず生きる少年の強さが伝わってくる感じがした。(これは純粋に体力勝負だなぁとも思った、最近体力の衰えを感じる我が身にひるがえって・・・。)

ただ「語劇」として(無い物ねだりかも知れないけど)こうだったらもっと良いなぁ、と個人的に思った事を2つ。

一つはもとの日本語劇では広島弁だった(だろうと予測、字幕がそうだったので)セリフの「土着性」について。
もとになった日本語の劇においてはこういうローカルな響きは重要だろう。実際に自分が劇を見ている時にウルドゥー語のセリフで何と言ってるか大体把握できても、字幕の広島弁のほうに土着の力強い響きを感じるのでつい見てしまう感じだった。この日本語の方言の「土着性」をウルドゥー語の劇のセリフでも採用したほうが良いのか、また仮にそうだとしてどのような形で再現できるのか。
最初の問題についてはあまりどちらとも言えない。何をもって「ウルドゥー語」とするかも少し頭を悩ますとこだけど、「どちらかといえば特定の地域よりムスリムのコミュニティーに基盤を持つ」という大雑把な定義を設定したうえで考えると、ウルドゥー語のセリフに土着な響きを持たせるのは難しいのかとも思う。むしろそれならパンジャービーとか近い関係の地域言語をセリフに混ぜる、などの手段が考えられるかも知れないけど。
(「ウルドゥー語」劇である事ためには他の地域言語のセリフなんてご法度ってわけでなくても、)国内外に戦争の悲惨さや核兵器の危険性、平和の尊さなど普遍的な主張を訴える内容である点と、加えてインド公演で各地を回ったという点を考慮すると、特定の地域の響きをセリフに含ませないのがむしろよかったのかなとも思う。いろんな背景を持つ観客に幅広く受け入れられ、純粋に内容に集中することができて。(セリフの「土着性」が人を引き込むベクトルに作用するならOKだけど、逆にそれが鼻について感情移入できない事もあるかもしれんし、最悪セリフが理解されないケースも・・・。)

もう一つは直前のヒンディー語劇との違いで感じたのだけど、セリフのリズムについて。
(あらかじめ誤解されないように断っておくと、別にセリフのウルドゥー語の内容や個々の俳優さんの発音を変に感じたわけではない。自分でも理由はわからないけど、あえて言えば脚本がそのままヒンディー語か、日本語からの翻訳か、という違いからなのだろうか・・・。)
セリフの一部でウルドゥー語にはそのまますんなりと訳出しずらく、少し説明っぽくなってしまわざるえないような日本語の語彙もしくは表現が出てくる箇所だと、元の日本語のセリフで想定された劇のリズムにウルドゥー語のセリフがうまく乗り切れてないように何となくだが感じた。(もちろんこれは台本を訳した方々もいろいろ苦労しただろう末の完成形なので、今度話す機会があれば関係者にそこらへんの苦労をちょっと尋ねてみたい。)
その点、ところどころで挿入される歌は日本語のまま&英語字幕だったのは良い選択だと思う。というか、それこそ歌詞をリズムやメロディーに上手く合うように翻訳するのはかな~り至難の業でしょうなぁ・・・。(でも最後の方に1つだけウルドゥー語に訳して歌ったのがあったのですごい。)
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by ek-japani | 2005-11-21 08:03 | 考察