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“パキスタン”地震?
今月の7日にあちらで起きた地震・・・。

これについて言及する際、自分が新聞やNHKなどで目にする限りでは、「パキスタン(大)地震」が近頃一番多く使われる名称となってきたような気がする。

「パキスタン北部(大)地震」や「インド・パキスタン(大)地震」というのも見かけるが、やはり記事の見出しなんかで使われるのは短く「パキスタン地震」。

他にも震源地から名づけたと思われる「カシミール地震」(個人的には「カシュミール」としたい)というのもある。
あと海外の報道メディアや国際機関(とりあえず確認した限りではBBCCNNとかUNICEFなど)の、特に英語による記述では「South Asia Earthquake」が使われる場合が多いのか、それらから翻訳・引用された記事では「南アジア地震」というのも見かける。

こんな一大事だっちゅうのにたかが地震の名前ごときで何を暇な事のたまっとるんじゃーッッッ、と思えばそれまでの話なんだが、ハイ。
・・・だけどそれが何となく気になる~っていう話、今回は。


とりあえず整理してみると・・・
 ①「パキスタン地震」:震源もあり、一番被害が大きく報告されている国として。
 ②「カシミール地震」:震源地であり、実行支配線で分断された双方に被害地があるため。
 ③「南アジア地震」:規模が大きく被害地域がアフガーニスターンやインド(カシュミール以外にもパンジャーブなど)にも渡るため。(考えとしては「インド・パキスタン地震」も同様。だけど後で検索かける際に①とごっちゃになる都合で割愛。)

・・・・というふうに分類してみた。

次にこの三種類の名称がそれぞれどれだけ多く使用されてるのかを調べるため、Google検索にかけてヒットする件数(10月25日現在)を基準に見てみると・・・
 ①約 1,610,000 件
 ②約 144 件
 ③約 762 件 (例外的に「南アジア大地震」の方が多くヒット;約 1,340 件

やっぱり自分が感じたとおり、①「パキスタン地震」がダントツ多いのかな~。

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・・・とそんな事してる最中に、ウィキペディアの記事ではタイトルに「パキスタン地震」を採用している(記事中に補足で「カシミール地震」と記載。)のを発見。

その横にあるリンクから他の言語のウィキペディア内の同じトピックの記事に行けるので、そこでの記事タイトルに採用されている各言語での名称(記事中に補足で記載されている別の名称はとりあえず割愛)も分類してみると・・・
※これらの名称がそれぞれの言語の使用地域のマスメディアで、どれだけの割合で用いられているか不明だが、ウィキペディアの記事タイトルに採用されているという事である程度の目安にはなると思う。

 ①日本語:「パキスタン地震」
  トルコ語:「8 Ekim 2005 Pakistan Depremi
  中国語:簡体字表記「2005年克什米尔大地震」
       繁体字表記「2005年克什米爾大地震」

 ②ドイツ語:「Erdbeben in Kaschmir 2005」
  英語:「2005 Kashmir earthquake」
  スペイン語:「Terremoto de Cachemira de 2005」
  ヘブライ語:「רעידת האדמה בקשמיר 2005」
  オランダ語:「Aardbeving Kasjmir 2005」
  ポーランド語:「Trzęsienie ziemi w Kaszmirze 8 października 2005」
  セルビア語:「Потрес у Кашмиру 2005」
  ウクライナ語:「Землетрус в Кашмірі (2005)」

 ③フィンランド語:「Etelä-Aasian vuoden 2005 maanjäristys」
  インドネシア語:「Gempa bumi Asia Selatan 2005」
  韓国語:「2005년 남아시아 지진」

 ○それ以外
  フランス語:「Tremblement de terre du 8 octobre 2005」
  イタリア語:「Terremoto nel subcontinente indiano dell'8 ottobre 2005」


おまけで韓国語、中国語(簡体字・繁体字それぞれ)でGoogle検索のヒット数(10月25日現在)も見てみた・・・。
※同じ2バイト文字(ローマ字やアラビア文字は1バイト)を使用するので、検索結果から対象外のヒット(単語を分かち書きする場合に「○○○」と「地震」が同一ページで別々になってる場合)を比較的排除できるかなぁ、と思ってたけど↓下の※に書いたとおり結果そうでも無かった。
あんまり意味ない気もしてきたけど、既に検索してしまったのでとりあえず掲載・・・。

☆韓国語
 ①약 21,400개
 ②약 160,000개
 ③약 26,300개
※韓国語のハングル表記の慣例なのか、「○○○」と「地震」を分けたほうが多くヒットする場合もあり、実際に確認しても分かち書きしてる事がほとんどのようなので、三つとも間にスペース入れて検索した。一つの名称としてでは無く、同じページの別々の箇所にある場合もヒットしてしまう事はしょうがないとして。
(日本語での検索のシステムと違うのか、分けても分けなくても同じ事が起きるようだ。)

☆中国語(簡体字 / 繁体字)
 ①约有1,170,000项 / 約有1,190,000項
 ②约有192,000项 / 約有237,000項
(繁体字では別表記??の「喀什米爾地震」も含まれる。)
 ③约有1,450,000项 / 約有1,460,000項
※中国語の検索では、間にスペース入れずに検索した。その方が一つの名称として多くヒットはするけど、それでも同一ページ上で別の箇所にある場合も含まれてしまう。
(検索のシステムが日本語の場合とやはり少し違うのだろうか??)

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・・・な~んて、しょうもない検索ケンサクなぞしてたら途中無駄に長くなってしまったけど、そろそろ本題に。

学術的な目的では震源のあった地域の名称を基準にする方が都合がいいのだろうけど、被害地域の全体を的確に反映させる必要があるならば、「○○○地震」の「○○○」部分の名称にはいろいろ気を回さなきゃならないと思う。今回のように被害を受けた地域が国境(カシュミールの場合は実効支配線)を越えて広がっている場合なんかは特に、である。
※昨年12月の大地震も同様に、震源からいけば「スマトラ島沖地震」だけど、被害地域が広範に渡る事から「インド洋地震」、もしくは被害の直接原因も明確にするため「インド洋津波地震」というように、いくつか名称が分かれている。

もしもある名称が指す地理概念が国境を越えて適用されないとしたら、被害地域の一部をすっぽり排除してしまう可能性もありうる。(それがそのまま人々の関心からすっぽり脱落、という事に即つながるわけでもないだろうけど。)


また今回みたいに歴史に残りそうな大地震が起きた場合、その名称(日本語で「○○○地震」と言う場合の、○○○部分)が定まってくるのはある程度時間が経過してからになるだろう。マスメディアの発達によって情報がかつて無い規模で広まり、共有されるようになった現代では、名称が確立されるまでのこの過程において、TVニュースや新聞で採用される名称(特に記事見出しなどで繰り返し多用される簡略化された通称)がけっこ~重要だと思う。

報道において用いられる名称が、その情報を受け取る人々にとってはその地震に関する一連の出来事を印象付け、漠然としたイメージを思い起こさせる記号としての役割を果たすからである。(もちろんこれは「○○○地震」の名称で言及される場合に限らず、「被災地の△△△」とか「被害が最も大きい□□□」というふうに繰り返し出てくる場合にも同じだろう。)

(話が横道にそれるが、いつから「ムザファラバード」がこんなに多くなってしまった~?春先にバス路線開通の時は少なくとも「ムザッファラバード」ってのが多かったような気がするけど・・・??まぁ個人的には“ムザッファラーバード”(मुज़फ़्फ़राबाद مظفر آباد)と表記したい。)

このようにあちこちで言及される「○○○地震」の「○○○」の中身で何が変わってくるのかと言うと、その名称によって喚起される人々の注目の度合いに地域差が出てくる、さらには具体的に援助や寄付金の集まり具合という形で反映される、なんて事が多少なりとも起きるんではないかと思う。(見出しではともかく、記事本文で被害地域の広がりについて説明が補足されるから大した程度でもないかもしれんけど。)

交通網の被害による遠隔地へのアクセス事情悪化とか、物資受け入れ側の対応が追いつかなかったりとか、支援団体の連携不足だったりとか、災害の現場で起こりうる援助の地域差についてはとりあえず別の話として。
(もちろん国の枠組みを越えて活動する国際機関やNGO組織などによって、それぞれの元に各自で援助物資や寄付金を集めて一元化し、そこから被災地の現場にバランスを考慮して分配するべく努力がなされ、またそれが実際に行われてもいるのだろうけど。)


・・・で、ここで結論として何が主張したいのか?

・・・と言われても、実は特に何も無いのである・・・。うへ。

とりあえず①「パキスタン地震」とした場合に、インド側の被害地域ジャンムー・カシュミール州のことは言うまでもなく、アーザード・ジャンムー・カシュミール आज़ाद जम्मू कश्मीर آزاد جموں و کشمیر (略称?略号?“AJK”)が名目上は一応独立した*「国家」である事なんかはどうするの~???というツッコミは置いといて、まぁ他の2つにも範囲設定が②狭すぎだったり、③広すぎだったりな感じもするので、いずれの名称にせよ一長一短があると思う。

特にカシュミールはその実質上の国境からして、“あくまで一時的な停戦ライン(Line of Control/略称“LoC”:管理ライン)である”な~んて少し長々と説明付けないといけない気分にさせられるような、ややこしい土地なので①や②の名称にまつわる政治性もややこしい。そこらへんのややこしさは、外務省HP:「パキスタン等における地震」(別の箇所では「パキスタン等大地震」も)における“等”の一文字あたりによく表れていると思う。

*ちなみに恥ずかしながら、最近までこの事に関して自分も無知蒙昧な輩の1人でした~。
 参照→Koidelahore氏の『Lahore Diary』
AJKは実質的にパキスタン一部だが、形式上は別個の「国家」ということになっている。独自の大統領、政府、制憲議会まである。
  (10月10日分記事“パキスタン北部地震 甚大な被害”より引用)


それに今ところとりあえず自分には他にもっと妥当な名称は思いつかないしな~、何かあるのかも知れないけど・・・。

(・・・・とまぁ、こんな感じで「パキスタン地震」という名称についてあれこれと気にはなるんだけど・・・、長々と書いた割には煮え切らない最後ですいませぬ~。)

※10月28日追記:下のコメント欄↓に書いた理由から、“Line of Control”の訳語を変更しました。(「実効支配線」→「管理ライン」)
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by ek-japani | 2005-10-25 15:55 | 考察
世田谷美術館 “宮殿とモスクの至宝”展
この前急に暇ができたので、アラビア語マニアの友人を突然誘ってこんな催しものに行ってみた・・・。

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『宮殿とモスクの至宝 イスラム美術展 V&A美術館所蔵』
(Palace and Mosque : Islamic Art from the Victoria and Albert Museum)


ロンドンにあるヴィクトリア&アルバート美術館がおおもとの企画・所蔵品貸出行っているとの事。
現在は砧公園内に位置する世田谷美術館で開催されている。


展示品の地域・時代は、主にマムルーク مملوك 朝オスマン عثمان 朝のものを中心に、そのほかにもイランのサファヴィー صفوی 朝ガージャール قاجار 朝のもの、大航海時代のヨーロッパ、特にイタリアのヴェネツィアやスペインのレコンキスタ後の時期のものなど。

品目としては、展示会のタイトルのように華麗な装飾の施された王宮の生活用品(水差し、ランプ、陶磁器)や装飾品(絨毯、肖像画、壁面のタイル)、そしてモスクなど宗教の文脈に関わるもの(クルアーン قرآن 、天体観測儀、マスジド مسجد 内部の装飾の一部;壁面のタイルなど)に分類できる。
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とくに、マスジドのなかでキブラ قبلة の方向にあるミフラーブ محراب/مهراب (写真;←左)とその右横に通常(美術館の中では別々)配置されているミンバル منبر (写真;右→)が、どうやって運んできたの?しかもどうやって館内に入れたの??ってな感じの大きさのが展示されていた。

うひょっ、デカいぞっ。

c0072728_931514.jpgこの前代々木のモスクに行ったときのように、ついつい装飾品にあしらわれたクルアーンの一節とかを読んでみようとマジマジ見るも、線が入り組みすぎて判別するのはやはり無理だわな・・・。

そのあとでイランの叙事詩『ホスローとシーリーン خسرو و شیرین』の絵巻物(写真;右→ 『ホスローとライオン』)を見た時、書いてあったペルシアの書体が何故か少し懐かしく??見えた気がした。
(まぁ文字は追えても、いずれにせよ読み&内容がわからんので同じ事だが・・・。)


それにしても・・・。
最近「イスラーム」が流行、というか何というか・・・。こんな展覧会が開かれて、連休に若者から熟年層まで多くの観客を集めるのに成功している光景を実際に目の当たりにすると、近頃は「イスラーム」と名のつくもの対する関心が、それまで関心を持たなかった人々にまで確実に広がってきているのだなぁと思ってしまう。
(それがどの位増大したか、とか、どれ程その関心の対象が理解されているか、とかいう話はさておき、少なくともこういう展覧会がやってたら、「あっ、ちょっと行ってみよっと。」ってなるレベルでの関心に限って。)

会場内にあった説明文でも、漠然と「イスラーム」に対して広がってきたそのような関心を、今度は一歩踏み込んだ理解につなげ深めていこうという努力がちらほら垣間見える。
なかでも、いくつかイスラームに関するモノ・人名などの名称やそのカタカナ表記が、最近の流れに沿った感じで書かれているのが目に付いた。
具体的には“預言者ムハンマド(マホメット)”とか“聖典コーラン(原音クルアーン)”、“聖地メッカ(原音マッカ)”てな感じ。あと“スルタン(アラビア語ではスルターン)”ってのもあった。
(個人的には“ムスリム(信徒)”、ってのがビックリ。「クリスチャン=キリスト教徒」ほどでないにしても、名称としてけっこう知れ渡ってるもんかと思ってたので・・・。実際のとこどうなんだろう??)


展示されている品々の地域が、(あえて乱暴ながら民族概念と地域概念を結びつけて言えば)アラブ・イラン・トルコにほとんど集約されているのも気になった。
東は現在の南アジアや東南アジア、中央アジア、そして西はアフリカまでの至るところで、さまざまなイスラーム王権が隆盛したなかで、それぞれの地域固有の要素とイスラームの要素が融合した、より幅広い種類の“宮殿とモスクの至宝”が存在する(はず)なのに、上記の地域のモノに限定されてしまっているのを「イスラーム美術展」とするのにはいささか抵抗を自分は感じる。

もちろんこれらの地域がイスラーム発祥期からその中心、およびその近隣地域であり、イスラーム興隆の歴史においてそれらの王朝が果たした役割も大きく、さらにはヨーロッパでの歴史的な「イスラーム」表象においても、その主な対象となってきた地域ではある、などなど背景に横たわる理由は数多あるんだろうけど。
(それに企画の趣旨が「イスラームの多様性」なるものを紹介する事に置かれているわけではないし、「こりゃオリエンタリズム的本質主義にドタマ毒されとるんじゃ~、ボケぐぁ!」と無闇やたらに批判的につっこむのも的外れだとも思うけど、たしかに。)


それでも世間でまかり通っている「イスラーム=中東」という漠然としたイメージに組し過ぎてるのではないだろうか。
現在の日本において、一般の個々人が海外旅行や駐在、または日本国内で出会った外国人ムスリムなどの個別の窓口を通して実際に接する「イスラーム」の中には、地域的特異性としても実際に個々の信徒が信仰している姿としても、その多様性を多分に含みこんでいると予想されるにも拘らず。

事実そのような先行イメージが祟ってか、展示の中のある部分で展示企画者の意図とは正反対の解釈で観客に見られている場面を、自分が会場にいた時に(展示のどこらへんだったかイマイチ記憶してないけど)一回目撃した。

2つ絨毯が並んでおり、片方はサファヴィー朝のもの、片方はムガル مغل 朝(展示品の説明には「ムガール」と記してあった、他のとこでアラビア語の単語の表記にはこだわっとるくせに、なんで「ムガール」なんじゃい!)のものだった。そして展示の説明書きには地域区分としてそれぞれイラン、インドと記されていた。これをちょうど見てた時に自分が立ってる斜め右後ろ側で、ある熟年の婦人が連れ沿っている旦那にぼそっと一言、「ほらっ、これ、イスラムとインドを比べてんだって・・・」と。「イランとインドを・・・」ではなく。

自分が説明書きから理解した限りでは、同時代に地域的にも近隣した2つのイスラーム王朝のもとでそれぞれ作られた絨毯の紋様のパターンやモチーフのなかに、サ朝→ム朝で影響を受けたものも見受けられるが、後の時代ではム朝→サ朝でも影響を受けるようになった、というような観点での対比がこれらの展示品の意図であったと思う。決して「イスラーム/○○○○(イスラーム以外の何か)」(この場合例の婦人がおそらく想定していたのは「イスラーム/ヒンドゥー教、もしくは仏教(の国インド)」)の対比という構図での並び合わせではなかったと思う。

・・・こういう何気ないところで日本のおばちゃんにまで刷り込まれている認識の枠組みが、ひいてはインドのコミュナリズム問題を根深いものにしているのだろう・・・、ってのは話が飛躍し過ぎだろうか。
(自分でもまとめきれん話になってきたので、もうここらへんで・・・。)


・・・行ってみようという人にとりあえずご忠告、砧公園は世田谷区なのに意外と行きにくい(バスがなかなか来ない!&バス停少し遠い!)と思った。
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by ek-japani | 2005-10-11 09:10 | 考察
特別展“インド サリーの世界”
また用事で京都に行ってきたので、前回は未だ会期前で見れなかったコレをついでに見てきました。
(ちなみに会場内は撮影禁止なので、残念ながら写真は無し。これから見に行かれる人はご注意を。)

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国立民族学博物館 特別展示館内
(大阪府吹田市千里万博公園10-1)

2005年9月8日(木) ~ 12月6日(火)

その会場で購入した今回の特別展用の解説書、『装うインド-インド サリーの世界 』を帰ってから今日読んでみた。

インドの「民族衣装」として世界中で真っ先に挙げられる程有名なサリー साड़ी 。(個人的には「サーリー」としたいとこだけど、今回は特別展の題名に準る。)
このサリーがどのような歴史的過程を経て、とくに独立運動期に民族意識の高揚とそのための戦略との関わりあいで変化し、それによって現在のような“インド人女性”の「民族衣装」のイメージがどのようにして形成される事になったのか。そして地域・階層による幅広い多様性(サリーの布地の材質・色・紋様やその着方、さらにはサリー以外のシャルワール・カミーズとかも含めて)を元来内包していたインドの女性の被服文化が、どのような変化を現在に至るまで経てきて、さらに今も最新のデザイナーファッションや街中の流行の中でその変化が継続しているのか。・・・などなど興味深い話がたくさん。


まだ全部は読んでないのだけど、今回の企画の実行委員長である杉本良男 教授が冒頭のほうで書いた文章を読んで一気に興味深い感じになってきた。少し長いけど、以下はその文章からの抜粋。

 サリーに代表されるインドの衣装は、一般にはファッションでは無く民族衣装として扱われている。民族衣装というのは、ある民族に固有の伝統的な衣装を指すのであり、ファッションとしての時代性、流行性を持つものではないとされる。サリーは、インドの特定の地域、階層に古くから存在してはいたが、インド全体で見られるようになったのはここ100年あまりのことにすぎない。そのうえ、サリーにも流行があり、変化のスピードはここ10年ほどのあいだに急速に早まっている。その意味で、サリーにはファッション性があり、それゆえにまた、歴史性も政治性も深く関わってくるのである。
 一方、西インドに見られるスカート(ガーグラー、レーンガー)とブラウスの組み合わせや、広く若い女性が好む長い上衣とパンツを組み合わせたシャルワール・カミーズ(いわゆるパンジャービー・ドレス)などには、サリーとの大きな違いがある。それは、サリーが縫製されない一枚の布であるのに対して、ガーグラーやカミーズなどは布を裁ち補正されたものだという点である。そのさい、ヒンドゥー教においては、針を通さない布が浄性が高いためにサリーが好まれるという宗教的な理由が強調される。
 この「裁つ/裁たない」、「縫製する/縫製しない」という二項対立は、ことシャルワール・カミーズに関してとくに、「ヒンドゥー/非ヒンドゥー」さらには「ヒンドゥー/ムスリム」の対立に読み替えられることがある。そして、ヒンドゥーの古式の伝統に対して、外部から、裁つ、縫製する伝統がもたらされたという図式が、ときにヒンドゥー・ナショナリズムと結びついて、いたずらに対立をあおる結果にもなる。
 このように、インドの装いを、時の止まった民族衣装ではなく流行としてのファッションととらえることにより、その歴史性、政治性に深く思いをはせる事ができる。民族学・人類学からのファッション研究は、衣装を社会文化の全体像の中で理解するところに、従来の服飾史などとは異なる大きな特徴がある。

(解説書10~11P、「民族衣装とファッション」の項より)    


そうだったのか~!っと会場に行って初めて知った事もけっこ~あった。
例えば南インド・タミルナードゥの舞踊“バラタナーティヤム”の衣装、実はバラバラに縫われたそれぞれの部分を組み合わせてできてるらしい。どうりで激しい舞踏の動作でも崩れないわけだ。
あと地域ごとのサリーの特性(布地・紋様・着かた)も豊富な実物&解説でいくらか判るようになった気がする。


・・・と、こ難しい内容であるかのように書いた気がしてきたけど、実際にはもっと感覚的にすんなりと楽しめる展示だった。
さすがは民博、アカデミックな興味の人からインドマニア、ファッション好きやふらっと立ち寄ってみた人まで、幅広い層の人が楽しめるような展示のバランスのとり方がすごい。サリーの無料試着サービスとか会場にある漫画家グレゴリ青山氏のパネル(2階にあった子供向けパネルの“シャールクくん”には大笑いしてしまった、・・・すごい似てると思ったのは自分だけ?)とか、企画の随所に遊び心があるのも嬉しい。

そしてインドモードの最先端を行くデザイナーの作品が多数展示されてて、見てると思わずため息が出てくる。衣装の軽やかさを演出する優美なポーズでたたずむ顔無しマネキンを見てると、何となくインドの画家M.K.フセイン مقبول فدا حسین の絵を彷彿させる感じだ。

自分は無念にも閉館前1時間しか見れなかったけど、女性できらびやかなのモノが好きな人なら一日中うっとり~して過ごせるのでは、と短い時間ながら自分もうっと~り~しながら思った。
これは関西圏に住んでる方ならぜひとも行くべし!と推薦しときますよー。


*****
ちなみに既に行って見た人にはわかるだろうけど・・・。
2階に展示されてた、日本のファッションブランドが最近インドをフューチャーしてデザインしたアイテム。これらにあしらわれてたヒンディー語にツッコミをこっそり・・・。

○ “ZUCCa”のピンク色のタンクトップ → “ जुका ”

デーヴァナーガリー文字では「ズッカ」でなくて、実は「ジュカー」になっとるが~!?


○たくさんの細長い毛がたなびく茶色のバッグ → “ माफ करना मैं हिन्दी नहीं समता ”

繰り返し書いてあるのは、「許してね、私ヒンディー語わかないの」
最後のほうで一文字綴りを微妙に間違えてるのはワザと?だよな~きっと。確かに、これを街中で見たインド人に「あぁ、ホントにわかってねーんだろな」って密かに思わせる効果アップは間違いなし!?
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by ek-japani | 2005-10-02 10:06 | 考察
日清カップヌードルのCM
最近話題になっていた日清食品『CUPNOODLE』の新しいCMを、昨日やっとTVで実際に見ることができた。

昨年より“No Border”をテーマにシリーズで制作されているが、今月15日からは第6作「笑顔編」という事で、イラン(正式にはイラン・イスラーム共和国:جمهوری اسلامی ایران)国内に在住のアフガン افغان 難民の子供たちの笑顔が多数クローズアップされている。
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CM自体は子供たちの無垢な笑顔と綺麗な映像で文句のつけようが無いのだが、気になるのがCMの終わり間際で画面左下に小さく表示される 「日本で発売されている商品はハラール食品ではありません」 という注意書きである。

果たしてこれは誰に向けてアナウンスされているモノなのか、という疑問が湧いてくる。

もちろん教義上ハラール حلال かそうでないのか識別しなくてはいけないムスリム مسلم の人々に向けたものであるのは明らかである。
問題はどんな「ムスリム」に対してなのか、という事だ。

特にCMで表示される注意書きが日本語だけ、というのが大きな問題である。
日本人ムスリムの人口は非ムスリムからの改宗者(ムスリムとの結婚を機に、当人の選択によって、など)、ムスリム家庭での子供の誕生など様々な要因でますます増加しているようである。
しかしそのような人々の大多数には、ハラールかそうでないかを識別するのに比較的容易に情報にアクセスできる環境&能力が備わっていると思う。

それは日本語の能力によるところが大きいだろう。
例えば店頭で識別できなければ、その食品を製造している会社に電話やメールで問い合わせるということも可能である。(もちろん情報を提供すべき側の方で、「企業秘密」の面目で食品の原料成分を情報開示しないというケースもよく耳にするが。)

それでも日本人ムスリムの人々にとってはまだまだ苦労は多いのだろうけど、現在の日本においておそらくムスリムの多数派であろう外国人ムスリム(ここでは日本国籍取得に関係なく日本語運用能力の面から話を進める)にとってはもう少し苦労が上乗せされるのだろう。
「外国人ムスリム」といっても日本語の能力は滞在期間や日本に来た背景(出稼ぎや留学など)で千差万別であろうが、たとえ会話能力なら問題ない人物でも食品の成分表示を読むとなると日本人なら簡単に判りそうなモノも迷うことが多いかもしれない。

そんな「外国人ムスリム」の人々があのCMを見て、舞台がイランでアフガン難民の子供たちが映っているという事から宣伝している商品もハラールだと誤解する可能性がある、という認識で例の注意書きは加えられたのだと思う。
インドネシアではハラール食品の条件に適うカップヌードルを販売しているらしいので、日本で販売しているカップラーメンもハラールだと誤解してしまう事も十分ありえるかもしれない。

それなら尚更情報を受け取る側への配慮が欠けていると思う。CM制作側にとってコストの問題とか何らかの都合があって多言語表示が難しいせよ、最低限英語で併記くらいしてあってもよさそうな感じである。
“These products sold in Japan are NOT HALAL
とか

※ついでにヒンディー&ウルドゥーでも
“ ये जापान में विक्रीत उत्पादन हलाल नहीं हैं ”

“ یہ جاپان میں فروشی مصنوعات حلال نہیں ہیں ”


なんて事を少し考えてたら会社ではなく商品ブランド自体のHPにおいて、ペルシア語でも併記された以下の注意書きの画像を発見。
c0072728_614163.gif
“مواد غذایی که در ژاپن به فروش می رسند حلال نیستند”

(カタカナ書きすると;マヴァーッデ・ガザーイー・ケ・ダル・ジャーポン・ベ・フォルーシュ・ミー・ラサンド・ハラール・ニースタンド)

でも他の部分は全て日本語で表記されているサイトの、しかもわざわざCM制作ノートのとこを開いてからさらに企画意図の5ページ目に表示されて、果たしてこの注意書きを必要とする人に届くのだろうか・・・。(個人的には発見して興味深かったけど。)

それにペルシア語なのは舞台がイラン国内だった事に関連するのだろうけど、日本における「外国人ムスリム」に対しての注意書きとしては不十分な気がする。アラビア語とか、日本に在留・居住している話者が比較的多いインドネシア語やベンガル語、ウルドゥー語とかでも注意書きを画像ファイル形式で用意しておけばもっと良いと思う。


な~んて良心的な意見を述べてみたが、ただ自分が多言語併記マニアなだけだったりするので・・・。ひそかに日本で普通に製造・販売した食品に、いつかハラール・マークが何でも付く日を期待、宗教的な面でムスリムの生活が容易な社会になるようにとかの主張とは別の動機で。
(最近駅とかで見かけるハングル&簡体字の案内や、銭湯でたまに壁に貼ってある入浴の際の禁止事項のペルシア語&ウルドゥー語とか、もう~たまりません。)

実はこのブログも単に自分の好みで多言語表記なだけで、別に学術的なこだわりとかは全然無い・・・。
(あ、ちなみにアルファベットで表記する言語にはあまり反応しないので、正確には「多言語」というより「多文字」併記マニアですな・・・。)
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by ek-japani | 2005-06-30 09:38 | 考察