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“A Door Into Hindi”
最近こんなサイトを発見した・・・。
◆ A Door Into Hindi ◆

アメリカのノース・カロライナ州立大学 外国語・文学部でヒンディー&ウルドゥーを教えているアフローズ・タージ अफ़रोज़ ताज افروز تاج 助教授という人が運営しているサイトのようだ。

ヒンディー語オンライン教育のためのサイトなのだが、ちゃんとUnicode対応でヒンディー語が入力されているので文字表示の上で問題は少ない(はず)。

Web上でのヒンディー語オンライン教育のコンテンツならインド政府内務省 公用語庁 のサイトにも同じような趣旨のものがたくさんあるけども、こちらはオリジナルのフォント、というかユニコード規格外で不親切なフォントを使っているので、けっこ~文字表示に難ありの場合が多い。
※ちなみに他のインド政府関連サイトでもヒンディー語ページが基本の英語ページと併設されてる事が最近多いようだが、それらも同じ状況である。一部のヒンディー語(マニア)ブロガーは「なぜ今時ユニコードを使用しとらんのだ!所詮は政府のアホ官僚の仕事だわな。」という感じで見ているようだ。

アメリカ合衆国連邦政府 教育省の支援も受けて運営されているらしい。
しかし2003年頃に開設したらしいのだが、いかんせん全部で24課あるレッスンの内容が未だアップされてない部分が随所にある。サイトの見かけは良いのだが、何か途中で頓挫しかけてる印象である。


それでも一番おもしろいのは、各課の例文会話の状況を5分程のビデオスキット(動画ファイル)で再現して見せてくれている点である。(もちろん動画ファイルが未だアップされてない課もたくさんある。)
その再現ビデオスキットがNHK教育テレビ(関東圏では3ch)で放送してる小学生用の番組みたいな雰囲気で見ていてたくさんツッコミ入れたくなる感じである。

例えば各課のビデオに必ずインド映画を意識したのか、意味不明なナンチャッてミュージカル・シーンが挿入されるている事である。それが出演者の微妙にツッコミ入れたくなる素人具合とあいまって興味深かったので、アップされてるのは一気に見てしまった・・・不覚。
何でなのかよくわからんけども、(アップされてるのに限っては)全課で律儀にミュージカルがあって製作者の意味不明、むしろ「ヒンディー教えるなら映画のようなダンスシーンも見せなければならない!」みたいな固い決意を感じる。
(しかし再生中にQuick TimeがPCごと突然固まることもあるので、再生には注意を。)

また初級の方だと未だ複雑な例文を出せないので、どうしても会話が単調で非現実的な感じになってくる。けれども第1課のビデオスキットでは、2人子連れの中年オバサンが野菜売りの人に対して「アレはあるか?コレはいくらだ?ソレは良いか?」とか単調な質問をぶつけるのだが、何かこういう風に買い物するオバサンいそうだな~、という感じもするので密かに良い配役&状況設定である。
答えるほうの野菜売りのオニイサンは恥ずかしそうに「セリフ言わされてる~」感を前面に出してるのも良い(もはや何でも褒めとく)。


c0072728_7193979.jpgよくよく真面目に考えると、このようなヒンディー語教育教材の需要はアメリカなどNRIs (Non-Resident Indians:海外在住のインド人、概念としては一時的な出稼ぎから帰化して数世代も経たようなインド系移民まで幅広く含む) が多い地域で高いのだろう(、また今後更に増加するかもれない)。
海外の英語環境で育つNRI移民2世・3世の子供に「母語」として教育するため、という場合も現在では数多いと思う。
(そういえば最近の版の『Teach Yoursef Hindi』(著者:Dr. Rupert Snell / Simon Weightman、←写真;左)では実際に例文に出てくる登場人物がそんな感じだった、とウロ覚え。)

ビデオの中でもそんな感じの人がちらほら。第15課に出演してるNRIらしき女の子の発音は一緒に出てくるオバサンに比べて何かたどたどしい。


サイトの責任者であるアフローズ・タージ助教授はアリーガル अलीगढ़ علیگڑھ ・ムスリム大学を経てJNUという経歴のようで、ヒンディー語とウルドゥー語は基本的に2つで1つの言語だという考えらしい。
それもあってか“A Door Into Hindi”の姉妹サイトをウルドゥー語でも一応作るつもりであるらしい。
◇ A Door Into Urdu ◇
(こちらは本当に全然何もアップされてない、僅かに1章だけ。)
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by ek-japani | 2005-06-13 07:31 | 言語
正書法が気になる・・・
たま~にインド人のヒンディー語マニア&ブログマニアなブロガー達のヒンディー語ブログを覗いたりするのだけど、そのマニアな世界に最近1人ネパールの人が加わったようだ。

その人はヒンディー語を学校で習ってきたわけでないので、ヒンディー語であっても文章の綴りかたにネパール語の影響が顕著に出ている。現在連邦政府の公用語に採用されているヒンディー語正書法とネパール語で採用されている表記の仕方の違いが、それを読んでいるといくつか気になってくる。(ついでに昔少しだけやったネパール語の授業も思い出す・・・。)

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まず最も気になるのが・・・
■鼻子音だけの音(日本語での「ん」に相当?)の表記には、鼻子音記号(ं)でなく半子音字を用いる、という特徴である。そういう表記の仕方を選ぶ人もけっこ~いるが、出版メディアなどを中心とする最近のヒンディー語表記法の傾向としては、基本的に鼻子音記号を使う事がほとんどである。
(個人的な感想だが、鼻音が半子音字で結合させて書いてあると少し古臭く見えてくる。しかも紙媒体で粗雑な印刷だと文字がつぶれて読みづらいことが多い。)
例:आन्दोलन, महाराजगञ्ज, हास्यव्यङ्ग्य

もう一つアレッと思うのが・・・
■外来語の[V]の音を表記するのに、半母音[व]ではなく両唇破裂音の有声帯気音[भ] を用いる事である。何でなのか少し謎だけど。
例:फेस्टिभल, एभरेस्ट

もう訂正したのか文章中には現在あまり見当たらないけど・・・
■後置詞を前の単語と繋げて表記する、事もたまにあった。
例:पुत्रोंको
ヒンディー語でも後置詞の前に代名詞が来る場合だけ繋げて表記するが、(たしか?)ネパール語では区別なく普通名詞でも繋げて表記するからなのか。

※以下の特徴は正書法の違いというよりも、ネパール語の音韻構造の影響によると思う。
・長母音のはずが短母音に
例:हुं, लुँ, जुलुस, सिखना
・半母音[व]のはずが両唇破裂音の無声無気音[ब]に
例:सोमबार
・摩擦音の口蓋音[श]のはずが歯音[स]に
例:कोसिस, सुरु

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そういえばウルドゥー語を読み始めた時もヒンディー語の正書法と違う点がいくつかあって、それが気になった。

例えば前述の代名詞+後置詞の場合でも、基本的には途中で区切って表記するのが現在は一般的なようだ。

もう一つすご~く気になった例が、動詞の未来形の表記。
自分がヒンディー語を学習した時は、先に動詞未来形=“動詞語幹+未来形の語尾”であると習い、その後で未来形の語尾《- गा, - गी, - गे》を外した形が不確定未来形だと習った。
しかしウルドゥー語では未来形の語尾《گے، - گی، - گا - 》 を区切って書くので、動詞未来形=《不確定未来形+未来形(=確定or意思)の語尾》というふうに見えてくる。
※ちなみにアラビア文字で表記するのと同じように離して書く人が多いので、たとえローマナイズされていても動詞未来形のところでウルドゥー語だなぁとしみじみ思うことが多い。

そういえば2人称代名詞‘आप / آپ ’ に対応する依頼形の語尾《- इएगा / ‎ئےگا -》 の構造も、命令形の語尾《- इए / ‎ئے -》 に (対応する代名詞は複数にも関わらず男性・単数の)未来形語尾《- गा / گا -》 と同じもの(なのかな?)が付け加わえられた形だ。
いまさら気がついた感じだが、何か関係があるのかなぁ・・・気になる。


※とりあえず文法用語は差し当たり手元にあった『エクスプレス ヒンディー語』(白水社)に準拠。
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by ek-japani | 2005-06-03 02:39 | 言語
このまえ・・・
ついこの間、4月30日の話である。

仕事が終わって家に帰る途中、新宿で私鉄に乗り換えた時のことである。
いつもは本を読みたいので列車を1~2本待ってから座って帰るのだが、その時はGWで多少帰宅ラッシュも軽く列車が空いていたので、ずっと立ったままなのを覚悟で早く帰るべくホームに停車していた列車にすぐ乗り込んだ。

そうしたらビックリ、そのドア横の座席に2人明らかにインド亜大陸系の方々がいらっしゃるではないか!!
1人はサーリーを召したやや年配の婦人、もう1人はその息子と思しきカジュアルな服装の青年だった。女性の方がサーリーを身に着けていたのと、今しがた空港から来たのを示すスーツケースにはエア・インディアの札が付いていたので、インドからお越しになっているのは判別できた。あと顔つきから漠然と北インド出身であろうと予想できた。

普段は、というか今までそんな事を一度もしたことはなかったが、何となくヒンディー語で話しかけてみたくなった。その考えが浮かんでからも実行するかしまいか、あれこれ迷った。しかしこんな偶然の重なり+少し都合の良い状況(相手が電車で近くにじっと座ってる&独りではない)とあって、かな~りドキドキしながらも不審な日本人第1号として声を掛けてしまった。

通勤電車の中いきなり初対面で話しかけたので話が弾んだわけでもないけど、降りる駅が偶然にも一緒だったので到着するまで40分程のあいだ、何だかんだと車内でポツリポツリ質問を交わしながら過ごした。
青年の方は日本で仕事をしているというので、エンジニアかと思ったら財務関係の仕事らしい。(日本でインド人を雇う企業の分野も多様化してきているのだろうか?) 日本には未だ2ヶ月くらいで、しかもまたさらに2ヶ月したら帰国する短期の駐在らしいが、企業の研修で日本語を習ったのでいくらか話せるようだった。(最初少し日本語で返事されてたところを、自分が苦しいながらもヒンディー語で会話するべく無理やり雰囲気を持っていったので・・・)
そして一緒にいた婦人はやはり青年の母上様だった。実家のコルカタから日本に今日来たというので駐在期間中に息子と一緒に住むのかと思ったら、この連休を利用して日本を母親に見せるべくわざわざ招待したのだとか。何とも親孝行な良い話である。さらに都心ではなく箱根や鎌倉を観光する予定だというので、これまた素敵なプランである。

最後の方は質問も途切れて互いに黙り込んでしまい気まずい雰囲気にもなったが、久しぶりにヒンディー語で会話したので後々思い出すと楽しかった。これに味をしめて街中で見かけたらヒンディー語話者らしき人にどんどん話しかけようか、ますますアヤシイ日本人である。(でも相手が急いでたりしないか、など状況をまず考慮して話しかけよう。)

それにしても聴き取り難い自分のヒンディー語に耳を傾けて理解に努めてくれただけでなく、「ヒンディー語ができるなら大使館とかできっと仕事の口があるだろうよ」とか心配までして貰って、かなり親切な部類の人に出会えたのが幸運だった。

しかし何と言っても、久しぶりに話してみてヒンディー語の運用能力がかな~り退化しているのを実感した。
映画見たり、ラジオ放送聴いたり、本読んだり、ブログで使ったりとアレコレ足掻いてはいるが、やはり“口をついて出ない”というか面と向かって話す時に言葉が出てこない。頭の中から言葉が引っ張り出せても、さらに口、唇や舌などが上手く連動して音声にできない。やはり言語コミュニケーションは一義的には身体運動なので、日々の積み重ねがそういった面でも大事なのだろう。
(もちろん元からそれほど話せたわけでもないってのが一番の理由なんだが・・・)

でも、「どうしてヒンディー語を勉強する事になったの?」と尋ねられて、「運命がそうさせたんだ क़िस्मत ने मुझे ऐसा बना दिया」 と何故か即座に答える事ができたのには自分でも???
普段そんな事思ってもないし、今まで同じような質問にそんな風に答えた事も無かったので、言った後で自分でも訳わからんズレた返事だなぁと思った。いったい何だったのでしょか?
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by ek-japani | 2005-05-04 03:48 | 言語