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イランでヒンディー語映画
最近は家に篭りっきりなことが多いので、またBBCからのネタで・・・。

 2005年12月24日:ईरान में हिंदी सिनेमा का जुनून (イランでヒンディー語映画に熱狂)

内容はようするに、大都市から地方の小さな町まであちこちでヒンディー語映画の俳優の写真を見かけたり、国内を移動する時の長距離バスの車内ではヒンディー語映画が上映されたり、出会うイラン人には映画の話を持ち掛けられたり、ヒンディー語の歌を聞かされたり、イランでもヒンディー語映画が人気なことに感動したという話。


実際に自分が旅行した時も、この記事の記者ほどあちこちで遭遇したわけではないが、街中で売ってる雑誌の表紙にシャールク・カーン शाहरुख़ ख़ान が載っててビックリした覚えがある。ちなみにその時に初めてアラビア文字表記で“شاہ رخ خان”てのを見たのだが、字面的にはイランイランした名前(現代のイラン人の男の子にはあまりなさそうな感じするが)だなぁと思った。

c0072728_8505299.jpg長距離バスの中でも“ラージャー ヒンドゥスター二ー राजा हिंदुस्तानी ”が上映されてた。ぼけ~っとバス最前列にあるTVで何か始まったな~と見ていたら、突然“راجا هندوستانی”とタイトルが見えて、え?見間違い?と思ってるうちにアーミル・カーン आमिर ख़ान が出てて来て、えー!と思わず座ってた後ろの方から最前列の席まで移動して食い入るように見てしまった。しかも(記事にも書いてあるように)吹き替えてあるので、ペルシア語を喋るアーミル・カーンやカリシュマー・カプール करिश्मा कपूर 、ジョニー・リーヴァル जॉनी लीवर とかを見るのはかなり変な感じだった。

ちなみに買ってきたVCDで全編よ~く見たらミュージカル・シーンが容赦なくカットされてた・・・。(かろうじて「パ~ルデーシー パ~ルデーシー ジャーナ~ ナヒ~ン」の歌だけは一部カットされつつ残ってたが・・・。)

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製造販売(とは書いてないけど、おそらく):موسسه رسانه های تصویری
(「映像メディア協会」みたいに偉そうな名前付けてるが、どうせ海賊版なんでしょ・・・。)
کارگردان (監督):دارمش دارشان (धर्मेश दर्शन)
بازیگران (俳優): امیر خان، کاریزما کاپور
           سورش ابروئی (सुरेश ओबेरॉय :ちなみにヴィヴェーク・オベロイの父)

監督&俳優の名前の綴りを見ると、借用語彙に見られる一般的なぺ→ウ&ヒの音韻変換法則を微妙に無視して、母音の短長がグチャグチャになってるのが気になる・・・。(おそらくアルファベット表記をもとにしたのか。)
そもそも「カリシュマー」なんて元はペルシア語起源のはずなのに、こんなんでいいのだろうか・・・

あとVCDケース裏面にはあらすじが・・・。
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といわけで・・・
政府の外交方針&文化政策など諸条件によりイランも映画の国産自給率が高そうだし、各国映画祭なんかで何人もイラン人の有名な監督が受賞してるし、まさかイランでヒンディー語映画をお目にかかるとは!と、けっこ~意外に思った。(よく考えると、地理的にはそんな離れてないんけどね。)
言葉(特に映画の会話や歌詞でよく使わる単語とか)のこともそうだけど、現在のパーキスターン北西辺境州あたり出身、もしくはルーツがある俳優(ディリープ・クマール दिलीप कुमार なんかペシャーワル出身のパシュトゥーン پښتنو だし、前述のカリーシュマー・カプールの家系とか曽祖父プリトヴィーラージ・カプール पृथ्वीराज कपूर の代にペシャーワルから移って来たらしいし、シャールク・カーンも父親はパシュトゥーンの家系だし。)もちらほらいるし、そういう面で見てもハイバル峠の壁は意外と低いのか?


あとこの記事で海賊盤横行(というかそれ以外流通ルート無し)の問題も触れられてるいるが、やはりそうか~という感じだった。(パーキスターン経由で来てるのかと思ってたけど、意外とドバイ دبي の湾岸方面からだったのね・・・。)

たしかにこの記者が提案してるように、市場として本腰入れて商売するためには著作権に関する二国間協定とかが違法コピー対策としてまず必要だろう。う~ん、でもそれも何かつまらないような・・・。
インドのソフト・パワーとしてのインド映画が世界各地に浸透する力の源は、著作権ガチガチで稼ぎを世界各地から吸い上げる市場主義の主流からは少し逸脱した方法で、著作権概念のゆる~い地域でコピー製品があまり徹底して取締られずに氾濫していく流通ルートのおかげでもあるのじゃ無いだろうか?(もちろん、家族や結婚が主題のストーリー、肌の露出の少ない描写、歌や踊りの入るスタイルなど映画の内容自体にある魅力が受け入れられてる第一の理由なんだろうけど。)
・・・な~んて事を、都内某所のハラール食品店にてヒンディー語映画をせっせとビデオにダビング×デッキ5段重ねを目撃しながら思うのだが・・・。ヒンディー語映画の地位向上のためにはどっちがいいのだろう・・・。

※1月6日追記:ためしにペルシア語風の綴りで「بالیوود」(ボリウッド)をGoogle検索したら、イランのヒンディー映画マニアさん方のブログがたくさん引っかかりました。大漁です。
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by ek-japani | 2005-12-28 09:19 | ニュースより
続・ボージプリー映画
またBBCでボージプリー映画についての記事が・・・。

2005年12月15日:Move over Bollywood, here's Bhojpuri
※12月25日追記:BBC Urduでも同様の記事“بھوجپوری فلمی صنعت عروج پر”を発見。

簡単に言うと、ヒンディー語の下位方言であるボージプリー भोजपुरी で制作される映画がここ最近ヒット作をいくつか輩出し、業界としても活況を呈してる(今年で既に30本ほど=前年の2倍に増加)らしい。
※あと細かい事は以前6月12日“ボージプリー映画”に書いたので、そちらをどうぞ。


このニュース記事でボージプリー映画好況の裏にある要因がいくつか解説されている。

まず1つ目としては、
the film-makers have astutely targeted the Bhojpuri-speaking audience at home and abroad - a substantial expatriate population in places such as Mauritius, Fiji, Surinam and the West Indies.
(※上記のBBC記事より)
というように、かつてボージプル भोजपुर 地方(ビハール बिहार やウッタル・プラデーシュ उत्तर प्रदेश 東部)から世界各地(主に旧英領植民地のプランテーション地域)へ渡っていった国外の移民も視野に入れた、幅広いボージプリー話者層を観客として想定し制作されているらしい。

この点については、以前書いた時には海外にもボージプリー話者が存在するのは知っていたけど、まさかそこまで想定しているほど「グローバル」な配給戦略をボージプリー映画業界が持っているとは思ってなかった。

また同様に、いつも興味深い情報を提供してくれるこれでインディアのところでボージプリー映画の分析(日記2005年10月5日分:“救世主はボージプリー映画”)を読むまでは、国内市場についても少し誤解していた。ボージプリー映画がインド各地で高い興行収益をあげている理由を、国内の非ボージプリー話者(ヒンディー語圏やその近隣の北インド諸言語圏の人々)にも受け入れられているのかと思っていたのだ。
当初自分の頭の中では、「ボージプリー語圏」という「ローカル」な空間を原初的なボージプル地方に限定して考えていたが、ボージプリーを話す人々が存在する場所こそが「ボージプリー語圏」であるならば、当然ながらその「ローカル」さは特定の土地に(観念としてはどかこかで結びついていても)物理的に縛り付けられるものではないだろう。もちろん地元ビハール州でヒットしてるのも事実だろうが、それ以上に国内に点在するボージプリー話者の移民もしくは手稼ぎ労働者コミュニティーの存在が大きいのだろう。


また別の要因としては、
With Bollywood productions increasingly targeting the urban middle and upper classes in India's cities, Bhojpuri directors have cashed in by churning out home-grown local fare.
(※上記のBBC記事より)
というように、映画の題材としてもボージプリーの響きが持つ「ローカル」さを前面に押し出して、ボージプリー映画は制作されているらしい。実際に記事の他の部分で、ボージプリー映画業界の人気俳優ラヴィ・キシャン रवि किशन はボージプリー映画を「家の手作り料理」に例えている。
インドにおいては様々な面で国内の都市部とそれ以外の村落部の格差が増大しているが、映画産業(ヒンディー語映画の場合)の市場としても例外ではない。具体的には映画の題材、またその扱い方に対する2つの観客層の異なる反応として表れ、またその観客の嗜好を見越して映画を撮る制作&配給サイドの思惑との相互作用で格差は広がっている。

特に近頃は(抜粋部分にも書いてあるように)、都市部の比較的裕福な中流~上流所得層の観客向けに映画を制作する傾向が強まってきたヒンディー語映画の業界(この傾向を後押ししている要因としては、①海外における新たな市場;所得の高い在外インド人観客層の存在と、②国内における新たな競争;外国の配給会社の参入、特にハリウッド映画の進出というのが考えられる。)に対抗して、ボージプリー映画では大部分が「結婚」と「家族」という、基本的だが不動の題材にこだわって制作されているらしい。(これからは社会における男女の役割の問題や政治の世界を風刺した内容にも着手していく予定らしいが。)

でもその「ローカル」さってのも、ボージプリーにおける多様な下位方言の中から有力なものが、映画の標準「ボージプリー」として採用されているんだろうから、細分化していこうと思ったらまだ余地はあるんだろうけど・・・。どうなんでしょ、まぁヒンディー語映画やもちろんハリウッド映画などに比べたら、(あくまで相対的にだが)断然「ローカル」な存在なのだろうけど。


そういうわけで、ボージプリー映画が今後どのような展開を見せるか気になるところである。果たして一過性のブームでヒンディー映画の亜流として終わるのか、それとも新たな別の路線を開拓して独自の進化を遂げるのか。


・・・それにつけ加えて、このBBCのニュース記事には触れられていなかったが、前述の『これでインディア』で見た内容に、映画産業の末端部分、つまり映画館への影響についての興味深い考察があった。
ボージプリー映画の隆盛により、おそらく一番の恩恵を被っているのは、都市部の場末の映画館だろう。近年、インドでは都市部を中心に大規模なシネコンが乱立しており、小さな映画館は観客の減少に悩まされ、経営難により潰れてしまう映画館も少なくなかった。だが、それらの弱小映画館たちは、ボージプリー映画という武器を新たに手に入れた。ボージプリー映画はほとんどの場合シネコンで上映されない上、ビハール人を中心としたまとまった数の観客を見込めるドル箱コンテンツとなっている。
BBCのニュース記事にある写真(上から二番目)を見ると、まさ~にそんな感じが漂ってる。いかにもあちこちパーン噛み噛みペッとはき散らかした赤い跡や、チケット窓口や入場口の容赦ない無秩序さが思い浮かぶ、そんでイスが半分壊れかけてればなおの事OK!(ってのはステレオタイプ過ぎ??)だろう。

そこまで「場末」な映画館にはさすがに引くけど、かといってインドのシネコンはあまり好きじゃない。
時間を調べるためだけにわざわざRs.2払って新聞買って30分前から待っていようとも、そこまでたどり着くため既にオートでRs.50使ってても、あまり大衆受けはしなそうだが紛れもない良作であろうとも、自分がいくら見た~くても、観客が全然集まらなければ容赦なく上映しないので。しかもそこで熱烈に「何が何でも観たいんじゃーっ」と食い下がったら、窓口のスタッフにうらでボソッと「ハラーミー हरामी حرامی な奴だわ、うざっ。」と言われた恨みもあるし。(う~ん、話がずれとる・・・。)

まぁ、インドの映画産業全体におけるシネコンの存在はさらに増大していくだろうけど、反シネコンを志すのに十分な個人的トラウマをそういうふうに経験してるので、自分も中小規模の映画館が存続してシネコンの一人勝ちにはならないのは嬉しいところだ・・・。


☆おまけ
 ボージプリーって、実際に文章をデーヴァナーガリーで書くとこんな感じらしい。
 (リンク先:ムンバイー在住の元?自称?ジャーナリスト、シャシ・スィン शशि सिंह 氏のブログ)
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by ek-japani | 2005-12-19 18:05 | ニュースより
“ベンガルール”
カルナータカ ಕನಾ೯ಟಕ 州州都バンガロールの、今までのアルファベット表記“Bangalore”が変更になるらしい・・・。

この変更を「改名」としてあるニュースも多いけど、実際は表記のマイナー変更、でしょ?
だって今までカンナダ ಕನ್ನಡ 語話者の地元民(のことを“カンナディガ”というと以前聞いた事があるけど、何か特撮ヒーローの名前みたいとこっそり思ったのは自分だけか・・・。)は、ずっとカンナダ語での呼び名&表記(ಬೆಂಗಳೂರು)を使ってて、他の言語(特に英語)での発音&表記がずれて「だけ」なんでしょ?(って、他の人から聞いただけの話だが・・・。)
・・・と思ったら、いろいろ経費もかかりそう~!慣れてたアルファベット表記を変えるのもイャ~だなぁ・・・、何でわざわざ?しかもそれよりインフレ整備とかする事は山ほどあるだろがぁー!てな感じの非難ゴーゴーで、状況はそんな単純でもないんですな。


で、その話はまぁヒトゴトだとして置いといて、その変更予定の表記は一体どっちなの??
 Bengaluru?それともBengalooru
グーグルで最近のニュース記事を検索すると、前者の方が多数派みたいだけど、後者の方もインドのメディアではDeccan HeraldNDTVが、外国系メディアではロイターがそう報道しているようだし・・・。
何で食い違ってしまってるのだろう・・・、う~む。政府の情報伝達が徹底してなかったのかな?


ところ変わって日本語のニュース記事では「ベンガルル」と読まれたりと、変更を提案した文学者の意図しないとこで、日本語でのカタカナ表記もどう変更されるのか気になる・・・。

うぬぬ、はたして「ベンガルール」は広まる&定着するのか??
とりあえず・・・、このブログの名前も「ベンガルルではありません。」に変更!!(日曜まで。)
※とりあえず日曜になったので再び「ヒンズー語ではありません。」(ブログタイトルを変更するのも一回やったら何か飽きた・・・。)
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by ek-japani | 2005-12-16 02:45 | ニュースより
男性用の美白クリーム
この前BBCのサイトで見たこの記事・・・。
 Indian men go tall, fair and handsome

c0072728_114588.jpgインドのEmamiという会社が最近発売した男性用美白クリーム。
その名も“Handsome and Fair”という、そのまんま過ぎ・・・。

美白クリームはインド全体で18億ドル以上を稼ぐ巨大産業であるが、今までは女性用の商品に限られ、インド国内で男性用の美白クリームが販売されるのは今回が初めてだとの事。

多分日本のほうが販売されてる男性用コスメは豊富なんだろうけど、あまり美白ものは見ないなぁと思った。スキンケアや日焼け止めとかはたくさんあるけど。電車で見かける男性用エステの広告とかにも、主に脱毛(体毛&ヒゲ)とスキンケアはあるけど。
日本ではあくまで顔の美しさのベクトルは肌の清潔さ・健康さには向くけど、あまり色白かどうかには向かない感じなので、改めてインドで色白さが人々の関心=商売になる、の方程式でつながるんだなぁとニュース記事を見た時に思った。


そんでもって衛星放送でTV見てると、けっこうな頻度でこの例の商品のCMを目にする。

肌の黒さを気にする男子学生が、女子学生用の寮に忍び込み盗んでまでして美白クリームを欲しがるが、結局一緒に忍び込んだ相棒の友人にも「男に女ものフェイスクリームかよ」と呆れられる始末。(←ちゅーか・・・そこまでする度胸あるなら、恥ずかしがらずに店で買わんかい!とツッコミたくなる。)
しかし、宣伝でその男性用美白クリームをつけた男子学生は、一気にキャンパスの女の子からハンサム呼ばわりのモテモテ君(←な~んて言葉がピッタリなウソ臭さ100%の雰囲気。)に大変身(←というか画面に照明アップ&シルクフィルターかけただけ。)という分かりやすいストーリー。

こんなCMでいいのか??と思うけど、特に中身が変わって無くても“男性用”として売り出された事で(肌の黒さが気になってたまらぬ~ってのから、まぁどんなもんかちょっと試しに、ってのまで関心の程度に差はあれ)男性が手にとって買いやすくなったのは事実だろう。
都会の若者の間ではいくぶんその傾向が弱まってるかもしれないが、インドの男のマッチョイズムな願望は依然として根深いし、バイクのCMなんかで主役はピカピカのバイクの後ろに女の子を乗せて颯爽と走り去っていくあたりが分かりやすい。

でも映画俳優は言うまでも無く、新聞の結婚相手募集欄でも、具体的にどんな顔かはさておき容姿に関しては「色白」が全てを物語る代名詞のごとく散見しているので、このマッチョイズムと色の白さは互いに抵触するものでもないようだ。むしろマッチョイズムに抵触するのは「美白クリーム(特に女性用の)を買う(もしくは使う)」という行為なので、その障害が取り除かれた事で男性の購買客を新規に開拓で、そして美白クリームの市場も一挙に拡大??

ヒット商品になるのか、すぐ消えるのか、今後の状況が(少しだけ)気になる・・・。
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by ek-japani | 2005-11-16 00:54 | ニュースより
デリー連続爆破事件について
先月29日(土)にデリーで爆破テロが起きてから、気がつくとけっこう時間が経った気がする。

まず事件翌日の30日(日)に“イスラーム革命戦線 اسلامی انقلابی محاذ ”という無名のグループから犯行声明が出された。
その後今月の2日(火)には、このグループとの関係が疑われる*“ラシュカレ・タイイバー لشکر طیبہ ”が爆破事件の関与を否定し、犯行を「反イスラーム的 غیر اسلامی」として非難する意向を明らかした。


*****ちょっと脱線*****

*このグループ、何か表記が一定してなくて気になる・・・。特に後ろの単語部分・・・。
今回の事件での日本の報道だと、英語表記の「Toiba」からそのまま「トイバ」としてるのが多い気がする。次に多いのが「タイバ」、これも英語表記の「Taiba」もしくは「Tayyiba」からだと思う。でもアラビア文字表記だと真ん中の“イェ ی ” は2重なので、アラビア語的には「タイイバ」なんだろうけど、さらに最後の“ヘー ه ” (元のアラビア語では“ター・マルブータ ة ” )の部分はヒンディー語の表記などを考慮して、長母音にして置きたいので「タイイバー」(←字面的にもかっこ悪いし読みにくいと自分でも思うけど・・・)としてみた。

ヒンディー語のデーヴァナーガリー表記でも(現地の印刷&放送メディアはわからんけど、とりあえずネット上で見る限り)あまり一定してなくて「तैयबा」とか「तयबा」や、もしくはアラビア文字での表記に比較的忠実と思う「तैय्यबा」「तय्यबा」があるけど、これだと見て一瞬どう読むの???と考えてしまう。最後の音節「-ba」はいいとして、その前の2重になってる半母音[y]を含む部分の表記については、デーヴァナーガリー表記で(実際の発音もそうだけど)何通りかの表記がまぁOKになる余地のある感じなので、深く考えるのはやめときます。

でも前半の単語については、たまに日本語表記で見かける「ラシュカル・エ・○○○」というのは何か変な気がする。英語表記で「Lashkar-e- ・・・」という具合にペルシア語のエザーフェが別に表記されてるのを、そのままカタカナにしたのだろうけど。
ローマ字やデーヴァナーガリー文字では子音だけの音を表記できるけど、カタカナであくまで表記の慣例として便宜的に子音のみの音に「ル」をあてると、発音上は後ろのエザーフェと1つの音節としてつながらないので、何かおさまりの悪い気がしてならない。だから「ラシュカレ・○○○」で良いかと・・・。

*****本筋に戻る*****


インド政府や事件の調査を行っている諸機関は、あくまで容疑が確定するまで特定の組織の名前を挙げず(しかしながらパーキスターンに本拠地を持つ武装組織に疑いを向けている事は、マンモーハン・スィン首相がムシャッラフ大統領に送った公式メッセージなどからも明らかにされている。)、ここ最近の友好ムードに乗っている両国の関係、またカシュミールでの災害援助活動でパーキスターンと協力する必要性なども考慮して慎重な姿勢を保っている。

そんで3日(木)の昨日には、デリー警察から犯人の人相書きが公表されたようだ。
ゴーヴィンドプリー गोविंदपुरी で標的となったバス(寸前に運転手と車掌が爆発物を車外に放り投げたので未遂、しかし2人を含む数名が入院。)の乗客への聞き込み調査を元に作成されたらしい。
ヒゲとバンダナ(頭と左腕)がポイント。推定年齢は20歳前後。身長5フィート5インチ(=約165cm)の痩せ型。
うむむ・・・何かどこかで見た事ある気も。似たような顔ならすぐ見つかりそうだけど・・・。


・・・と、ここ数日間ニュースとか全くチェックしてなかったので、自分で事件後の推移に追いつくためにもこんな感じで少し整理してみた。

事件後の11月1日にはディーパーヴリー दीपावली (=ディーワーリー दीवाली )だったし、もうすぐ(インドでは何日なのか未だ定かでは無いが、たぶん遅くとも明日頃までには)イードゥ・ル・フィトゥル عید الفطر だ。
そんな中で街の様子についての記事を読むと、“祭りに向けた勢いはテロでも止められない~”ってゆう反面、“やはり爆破テロが街の人出や店の売り上げにヒビいてる・・・”という感じだ。実際デリーにいないので直接は判らないけど、複雑な雰囲気なんだろうなぁと思う。


ちなみに日本人で今回の連続爆破事件についてネット上で書いてる人、特に旅行でインドに行った事がある人のを見ると、今回の事件現場の1つ、パハールガンジ पहाड़गंज の記憶と結びつけて書かれているものが自分の見た限りけっこ~多い。やっぱりバックパッカー旅行者が集まる地域だから当然なんだろうけど、みんなパハールガンジにそれぞれ思い入れがあるもんなのね~と見てて思った。

自分はデリーに数回いたうち、1回しかあのへんに宿泊した事が無い(別に安宿に泊まらんわけじゃなくて、いつもジャーマー・マスジドの付近にいってしまう。)ので、あんまり思い入れも思い出すような記憶も無い。だって・・・行くと何かいつも人ゴミいっぱいで歩きずらいし(あっ、これはオールド・デリーでも同じか・・・)、フレンドリーなそぶりな“友人の店でディスカウント”くんは50mおきにいるし、道端で日本人にすれ違うのも何か気まずいし・・・、やっぱりカリームレストランに行く時は夜フラッと宿から歩きで行きたいしなぁ・・・。

・・・な~んて個人的なツブヤキはいいとして、むしろゴーヴィンドプリーの方が以前バスを乗り間違えて大慌てで偶然降り立った事があるので、地名としては思い入れがあるかも。



・・・また例のごとく、だらだらと特にオチ無しで書き綴ったついでに、オマケを一つ。
少しニュース記事としては新鮮味が落ちたけど、パーニ二ー・アーナンド पाणिनी आनंद というBBC Hindiでデリー担当の記者さんがリポートした記事より。
(ちなみにこの人がネット放送でリポートを読み上げてたのをこの前聴いたけど、「イッ!あんた宿題で100000回くらい声に出して読んできなさい」と言われそうな、単語ごとにぶつ切れのカクカクした変な読み方だった。)

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『デリーの普段通りの生活』
(以下、日本語訳の原文&写真:BBC Hindi の記事『दिल्ली में सामान्य होती ज़िंदगी』より)

c0072728_1504842.jpg昨日の夕方この敷石は血で真っ赤に、地面は焦げて真っ黒になっていた。しかし今日は周囲の空気は穏やかで、そしてこの場所には真っ白な漂白剤が撒かれている。デリーで起きた連続爆破事件はデリー中を震撼させた。しかし今日事件から一夜が明けてデリーの街の動きはいつも通りになっているように見える。
さぁ、これから確かめてみましょう、パーニニー・アーナンドと供に。

c0072728_151721.jpgほら見て!街に出てきましたよ~。
今朝全ての商店街組合はこのような結論を得た。「いかに売り上げが悪かろうとも店を開けようじゃないか、爆破テロなんかにデリーはひるまない!テロリスト達の思惑通りにはさせん!ていうメッセージとなるように。」 だから商店街の飾り付けも再開。

c0072728_1512757.jpgそんで商店街が開店すれば買い物客もやって来た。何人かご婦人方に話を伺うと、このようなお答えが。「怖がってても何にもならないわ。買い物はしなきゃしょうがないんだし。怖がって家にこもるのは良くないわ。お祭りの時期なんだし、お買い物してまわるつもりよ。」

c0072728_1515312.jpgその前に人々の信心深さにも触れて置かないとね、だって神さまの像も買い求める姿が目に付くから。サロージニー・ナガル सरोजनी नगर の商店街では午後の2時になろうかという頃には既に人出が上々な混み合い具合になっていた。買い物客はどんどん来るし、店はばっちり飾りたてられて、品物は売れ続けていた。そして間には警察があっちで眠そうにしてたり、そっちでは巡回して回ってる姿が目に付いた。

c0072728_1521094.jpgそんでもって今日はといえばダンテーラス धनतेरस (※下弦の月十三夜の日にラクシュミー लक्षमी 女神をたたえる祭り)の日。この日にお皿を買わないのは良くないと考えられている。おそらくそのためか、その他の店に比べ食器を売る店には多くの人だかりができているように見える。しかしながら食器屋は客の数に満足ではなかった。年間で最も良い売り上げの一日が爆破事件の捧げ物と消えてしまった、と不満な様子だった。

c0072728_15144444.jpgある布地屋にたどり着くと、何人か若い娘さんたちがお買い物に忙しそうにしてるのが見えた、あたかも昨夜ここで何か起きたりなんか全くなかったかのように。尋ねてみると、家族には反対されたけれども来てしまった、そしてここで楽しくショッピングにいそしんでいる、との事。それでも彼女たちも事件で亡くなった人たちの事を悲しく思っている。

c0072728_1525888.jpg一年の他の日のように、再び店は飾り付けられた。ディーワーリーには花飾りが特に重要なので、それを売る店はことさら飾り立てられていた。この買い物の最中に警察のマイクから響き渡る警告も聞こえていた、「一ヶ所に集まらないでくださ~い…」などなど。そして人々は買い物に夢中だった。

c0072728_1531185.jpgみんなバーゲンセールに夢中だった。何か気に入ったモノがあった人もいれば、品物の割りには値段高すぎと感じている人もいた。しかし一部の人々はただ単に商店街をの様子を覗いて回るためだけに来てもいた。結局爆破事件の後で事件現場の商店街はどんな様子なのか、と野次馬根性で家から出てきた、ただそれだけ。

c0072728_1532665.jpgしかしながら何もかもが普段通りでもなかった。人々は談笑してもいる、買い物もしている、だけどもどこかしら昨日の出来事が人々の眼の奥底にこびりついているように見えた。もしもこの事件が起きていなければおそらく人ごみは5~6倍にも膨れ上がっていただろう。そして商店街で働く人たちが一息つく暇も無いほどの混雑ぶりになっていただろう。

c0072728_1534094.jpg事件は既に終わっていた、人々はそれぞれの足並みで行き来していた、しかし周囲を漂う空気にはある種の特別な臭いが混じっていた。土曜日に爆発が起きた場所にあるスナック屋は、店の前を通る人全ての注目を集めていた。人々は商店街でそれぞれの用事を済ませようとしてこそいたが、それらの用事に比べてもそれぞれの心の中で爆発の事が占める割合は少なくなかった。人ごみはごった返していて、それと同時に警察の巡回も。

いくらかこんな感じでデリーは普段通りであり続けていた・・・。

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by ek-japani | 2005-11-04 15:11 | ニュースより
サーニヤー・ミルザーの鼻ピアス
先週の夕刊にサーニヤー・ミルザー सानिया मिर्ज़ा ثانیہ مرزا のこんな記事が・・・。

c0072728_148263.jpg
  “女子テニス界にインドの「新星」”
東京新聞:2005年10月14日(金)の夕刊、3面スポーツ欄より
(記事を拡大するにはここをクリック)
→表示されなければアドレスバーに直接URL(http://photos1.blogger.com/blogger/6447/715/1600/shinbun BIG.jpg)を貼って移動してみて下さい。

サーニヤーがテニスの世界に足を踏み入れたきっかけから、WTAツアーで現在のランキング大躍進(10月10日現在で31位)の活躍までの経歴と、彼女のプレースタイルの持ち味について簡単に紹介している。
インドマニアの人々の間だけでなく、今回のジャパン・オープンでのベスト4に残る活躍によって、一般のテニスファンなどにも認知されてきたようだ。もう日本の新聞に載ったのだったら、これからさらに日本でも有名になるだろうと思う。


・・・で、今回の紹介した記事自体はサーニヤーを紹介してくれて嬉しいのだけれど、ちょっと気になったのが最後の方に書いてあるこの一文。
イスラム教徒ではあるが、左の鼻の穴にピアスをするなど自己主張は強烈。
なんで気になるのかというと、この記事を書いた人(おそらく配信元の共同通信社の記者さん)の個人的な先入観(というか日本国内で一般的な認識?)のようなものが、この一文において突然前面に出てきた印象を受けたからである。


具体的には、「イスラム教徒」と「自己主張」、そして「鼻の穴にピアス」と「自己主張」、これらの関わりについて。

まず前者について。
「イスラム教徒」の後には、「ではあるが」と続いている。またここでの「自己主張」は前に「ピアスをするなど」が並列されてるので、服装などにおける外面的な「自己主張」であると考えられる。
つまりこの記事の書き手が読者の間で理解されるだろうと想定している文脈においては、「イスラム教徒」は一般的に「自己主張」(=着飾ること)と結びつき難いものである、という事が読み取れる。この場合は特にサーニヤーが女性なので、・・・“頭からつま先まで黒い布でスッポリ覆われてるような”(ってのは既に少し古い極端なイメージかもしれないけど)イスラム教徒の女性は一般的に教義にかなった服装を強制され、ファッションの自由とそれによる「自己主張」の権利があまり無い・・・、みたいなイメージが前提として存在している感じがした(というのは読み違い?自分が気にし過ぎなのだろうか?)。

次に後者について。
「ピアスをするなど」と書かれていて、特にピアスが書き手にとっては「自己主張」(上記の通り、ほぼ=ファッション)であり、またその「自己主張」(=ファッション)が「イスラム教徒」(の女性、これも上記の通り)にしては「強烈」であるとして印象に残ったようだ。
ピアスが「強烈」な「自己主張」として捉えられるのは、ピアッシングの習慣が近年まで(おそらく)無かった日本での一般的な認識としてはわかる気がする。しかしインド(の全土や全てのコミュ二ティーの慣習に当てはまるわけではないだろうけど)では鼻にピアスをしている女性は老いも若きもそんなに珍しく無い気がするけど・・・。
サーニヤーの鼻ピアスが慣習的な身だしなみとして着けてるのか、はたまた単にかわいいと思うから個人的に着けたくて着けてるのか、これについては判らない(まぁその両方ってのが一番ありえるけど)。
少なくとも、身に着ける本人が「自己主張」のため個人的な嗜好に基づいて身に着ける事を選ぶ、という現代的なファッションの文脈だけで考えるのは誤解につながると思う。
(伝統的には女性の装飾品は持ち歩く財産だったり魔除けだったり、所属する社会集団を明示するものだったりという側面もあるので。)

・・・と理屈っぽく長々と書く話題でもないので、もうやめとこうかと。


c0072728_1482456.jpgたしかにハイダラーバードのムスリム家庭出身のサーニヤーに対して、一部のイスラーム法学者からは、プレー中の服装何とかせんかい!脚とか腕とか肌を晒すのはやめんかい!みたいな半分無茶苦茶なファトワー فتوى/فتوا が出された事もあるようだけど、鼻のピアスが問題になったという話は聞かない。

このまえ『India Today』でサーニヤー特集の記事を読んだ時も、あくまで鼻ピアスは彼女のトレードマーク的に目立つものではあるが、それ以上でもそれ以下でも無いような扱いだった。
むしろ「自己主張」として取り上げられていたのは、試合後の記者会見の場でよく着て現れる、胸にメッセージが書かれたT‐シャツだった。(オマケとして下に加えときます。)

とにかく「自己主張」(=ファッション)も、ところ変われば・・・みたいな感じで、そう認識されるモノもそれが置かれる文脈も変わってくるんですなぁ、と思った。

・・・ところで苗字のミルザーって、もとはイランやムガル朝での王子や貴族とかの称号らしいけど、最近アルバイトで扱っているペルシア語書籍に出てくる人名では“ミールザー میرزا ”なのだけど・・・?
ハイバル峠 ख़ैबर दर्रा درہ خیبر を越えたら少し音が変わってしまったのかな??


※おまけ・・・、初期の軽度Sania Mania 向け情報
(『इंडिया टुडे』;9月21日号の特集記事“नए सितारे की सनसनी”より)

○基本データ
・身長: 5 feet 7.5 inch (1m53cm)
・体重: 59kg

・お気に入りの選手: シュテフィー・グラフ Steffi Graf
・お気に入りの車: ホンダ・シティー
・携帯の機種: Sony Ericsson P910
・お気に入りの映画スター: アビシェーク・バッチャン अभिषेक बच्चन
・お気に入りの音楽: Hip-Hop、EMIN∃M

(身長の割りにはがっちりとしているのがわかる、フォアハンドやバックハンドが強力なわけだ。しかし記事の中では“体重を落とす&フットワーク強化”が今後の課題の一つとして挙げられていた。携帯と車に関してはスポンサーへのサーヴィス??かと疑いたくなるけど??ホントなんかな・・・。)


○上に書いたT-シャツのメッセージ

“Don't get in my way” (シャラポワと対戦後の記者会見で着用)
“Well-behaved girls don't make history” (ウィンブルドンの記者会見で着用)

※以下はいつ着てたのか不明(記事の写真より)
“I'm Cute? no shit..”
“WHATEVER”
“YOU CAN EITHER AGREE WITH ME OR BE WRONG”


○サーニヤーの広告出演料の相場
現在1.5カロール(1500万)ルピーでラーフル・ドラヴィル राहुल द्रविड़ と並び、スポーツ選手としては第2位になったそうな。
(ちなみに第1位はサチン・テーンドゥルカル सचिन तेंडुलकर のRs.3カロール、やっぱりまだまだ人気は健在なのね。)


※その他サーニヤー情報

○『TIME』 アジア版;2005年10月10日号の特集記事
  “Asia’s Heroes 2005”(サーニヤーも選ばれた)より

サーニヤー・ミルザーの公式サイト
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by ek-japani | 2005-10-20 02:02 | ニュースより
マードゥリーマニア
インドの大手新聞社『Hindustan Times』のサイトで、実は以前からブロードバンド放送で音声&映像ニュースを提供しているのを最近になって発見。
(だけど何だか現在は全く更新してもいない様子、自分が発見したページも2003年12月20日更新のままになってる・・・。)


そのなかで発見したのが、ジャールカンド झारखंड 州の工業都市ジャムシェードプル जमशेदपुर (ターター टाटा 財閥の一大拠点、街の名前は財閥の創始者ジャムシェードジー・ターターに由来する。)において、ヒンディー語映画の大女優マードゥリー・ディークシト माधुरी दीक्षित の名前を冠した公園を設立したと報じられた、このスィク सिख のオジサンである。

2003年12月12日配信“Madhuri Baag”(← Real Player で再生)を参照のこと。
※もしくは①このページの左下《ENTERTAINMENT》欄、一番下の〈more videos〉をクリック
 → ②“A garden in Madhuri's name in Jamshedpur”をクリック
 → ③既にページの真ん中に表示されている画面で再生開始

このオジサンを見るのはこれで2回目である。

インドの週刊誌『India Today』 (自分が定期購読してるのはHindi Eddition『इंडिया टुडे』の方、いつもネット書籍販売“書肆なゆた屋”さんに頼んでいる。)に、毎号はじめのとこで“前例無き(最初の)前例 मिसाल - बेमिसाल”という名のコーナーがあるのだが、そこでは毎週インド国内で人知られず地道に、だが他の誰にも出来無さそうな偉業を成している市井の人々が紹介される。
いつもは自然保護や社会福祉に携わってる人が取り上げられる事が多いのだけど、たま~に本当にキワモノというか変わり者の“前例”さんが登場するので、自分は密かにそんな変人さん達が紹介されるのを期待していたりする。
※ちなみに最近知ったのだが、英語版よりもヒンディー語版の方が売れているらしい。

その“前例無き前例 ”の記事(下の写真↓ ;2004年10月11日号より)
《生きる意味はマードゥリーの名において परमार्थ माधुरी के नाम पर》で、このマードゥリーマニアなオジサンを初めて見た。
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※記事を拡大するには
http://photos1.blogger.com/blogger/6447/715/1600/IndiaToday Misal-Bemisal MadhuriMania.jpg
をコピーして、アドレスバーのURL欄に貼り付けてから移動してください。

街で有名なスナック(मिठाई और चाट)の店を経営するパップー・サルダール पप्पू सरदार (36歳)という人物らしい。
(どうやら写真は自分の店の一角にマードゥリーの写真を飾ってあるスペースのようだ。)

この写真での恍惚の表情を見るとイッチャッテルナ~という印象も受けるが、よく考えると単に恥ずかしがってテレているだけなのかも。写真ではマードゥリー・ディークシトの誕生日にプージャー पूजा を捧げているところ、現代版バクティー भक्ति 信仰なんだろうか・・・。
ここまでくると彼の事を形容するのに「ファン」なんて言葉ではもはや生ぬるい、「マニア」すらまだ弱いかも。
(この記事では「ディーワーナー दीवाना」とたたえているが、この場合は映画で使うような軽い「もう夢中!」ってよりか、もっと深刻な響きを感じるのは気のせいだろうか・・・。)

でもマードゥリーが子供を出産した時には、ミッショナリー系慈善団体の孤児院で子供たちにミターイーを配ったり玩具や衣服を寄付したりと、けっこ~積極的に社会にも貢献している良心的な人物なようだ。

ちなみにマードゥリーと会えた事は未だないらしい。
本人曰く、いつか向こうから自分に会いにジャムシェードプルへ来た時こそ夢の女神マードゥリーと対面する事がかなうだろう、と。その確率が僅かなのは百も承知だが、決して望みは捨てていないとの事である。
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by ek-japani | 2005-06-29 23:13 | ニュースより
ボージプリー映画
またまたBBC Hindi より・・・。

■2005年6月11日:गरम है भोजपुरी फिल्मों का बाज़ार
※同じような話が英語で書いてあるのはこちら

全然知らなかったが、最近 *ボージプリー भोजपुरी で制作される映画が活気付いて来ているらしい。
*ヒンディー語の方言として分類される一言語の名称(詳しくはリンクを参照)

以前からもボージプリーで映画は制作されていて、地元(ビハール州&ジャールカンド州とUP東部の一部)の各地では細々と街の映画館にて公開されていたらしい。だけどもボージプリーで映画を制作するなんて三流のやる仕事だ!とゆう感じで、ヒンディー映画界の著名な人々が参加する事など今までは全然なかったらしい。
しかしここ数年の間に状況はかなり変わってきたとのこと。一部の勇気ある制作者がしっかりと予算をかけ、プロの俳優や音楽家と組んでより良い脚本の選定を行なったのがキッカケだそうな。

そこからはどんどん好循環である。
①良作が公開→②観客が映画館に集まる→③ボージプリー映画が再評価→④他のボージプリー映画の客足にも好影響→⑤ボージプリー映画の業界全体がさらに盛況&作品の質向上→⑥予算増加&イメージアップでヒンディー映画の著名人も参加→⑦さらに観客&上映館の増加、上映地域も拡大・・・・という具合である。

特に⑥の段階の有名な話では、ヒンディー映画の女優ジューヒー・チャーウラー जूही चावला もボージプリー映画に出演する らしい。
またプレイバック歌手として有名な ウディト・ナーラーヤンउदित नारायण は何とプロデューサーとして制作した『Kab Hoi Gauna Hamar कब होई गवना हमार』(『 いつかしら 私の嫁入り?』) というボージプリー映画がヒットして、現在ムンバイーやデリーの映画館でも公開されている らしい。(ちなみに映画タイトルを連邦公用語的な標準ヒンディー語にすると『Kab Hai Gauna Hamara कब है गौना हमारा』 だろう、“गवना”の綴りでは辞書(The Oxford Hindi-English Dictionary)には載ってなかったが、この映画のローマ字表記タイトルから推測して引きなおしてみたら《280p“गौना”:女性が父親の家(*=実家)から夫の家(*=婚家)に(*初めて)連れて来られる儀式》とあった。*部分はブログ作成者)


この現象はグローバル文化VSローカル文化の事例として考えると興味深い。
文化グローバル化現象の象徴とされ世界中に席巻するハリウッド映画、それに対置して国産映画の高い上映率と年間制作本数を誇るインド映画はローカル文化の象徴と考えられる事も多い。
しかしインド映画はローカル文化であると同時に、別の次元ではグローバル文化でもある。インド国外に向けては南アジアの近隣諸国をはじめ、東南アジア、中東アラブ諸国、旧ソ連の中央アジア&東欧地域などにも輸出されている。特に近隣諸国の映画産業にとってはインド映画が国産映画のシェアを食いつぶす大きな脅威となっている。

さらに「インド映画」というカテゴリーの内部でも同様のせめぎ合いがある。
どちらかとゆうと、南インド4州公用語(テルグ、カンナダ、マラヤーラム、タミル)の映画業界の間には住み分けがあるような感じだ。(あんまり詳しくないのでアレだが、お互いにヒット作をリメイクしたりしてるので、一つの言語の作品がそのまま他の言語圏の観客にもヒットする事は難しいと推測。)
むしろ問題なのは北インドにおけるヒンディー語映画とそれ以外の地域言語による映画との関係である。近隣諸国の映画産業に対するのと同様に、ヒンディー語映画は地域内におけるグローバル文化という側面も持ちうる。
ベンガル語映画、マラーティー語映画、グジャラーティー語映画などがそれぞれの言語圏で制作されており、それぞれがヒンディー語映画にも劣らぬ伝統を基に良い作品を送り出している。(コルカタ発のベンガル語映画は『大地の歌』などの3部作でサタジット・レイ(ベンガル語ではショットジト・ロイ সত্যজিত্ রায় ・・・だったかな?)は海外でも有名だし、最近ではマラーティー語映画『シュワース श्वास』(=『眼』)が昨年度のオスカー賞外国語映画部門にインドから出展する映画として選ばれ話題を呼んだ。)

それでも興行的な規模&シェアの比較で言えば圧倒的にヒンディー語映画に押されている、というのは北インドのどの地域でも事実である。芸術映画の分野での傑作や監督・俳優による話題作などが他の言語圏で何本か公開されるとしても、大衆文化の観点からどの地域言語の映画も産業全体としてはヒンディー語映画に対抗できるものではない。やはり優秀な人材&潤沢な予算を投じて制作されるヒンディー語映画の方が北インド一帯のどの街でも多く公開され観客も見に来るので、ますますヒンディー語映画の勢力が拡大するという地域内グローバル化の構図が出来上がってくる。

(なんか長々と本来はここのブログで書くような内容ではない感じもしてるが、前置きとしてやはり必要なので・・・。ここから本題。)


それら地域言語の映画と比べると、ボージプリー映画が地域内グローバル文化であるヒンディー語映画と向き合う状況は微妙に異なってくるように思う。
一般的にボージプリーがヒンディー語の方言として下位区分に含まれるように、映画産業としても他の地域言語ほどはヒンディー語映画界から離れていない。

この事はボージプリー映画にとっては有利な点でもあり不利な点でもあると思う。
不利な点として考えると、やはり今までのボージプリー映画の状況のように“わざわざ何でボージプリーで?”という感じで、より多くの観客&興行収入を見込める「ヒンディー語」映画に人材&資金も持って行かれてしまうと思う。この意味ではヒンディー語圏外の他の地域言語より状況はさらに厳しいかもしれない。
しかし利点として考えるなら、実際にも上述のようにヒンディー映画界からの参入する場合、他の地域言語映画への参入に比べたら容易なのではないだろうか。(特にセリフを喋らなくてはいけない俳優にとっては。)

また*話される地域が広大なので「ヒンディー語」というモノの内実も千差万別であるが、ボージプリーも多様でも一定の枠組みに何とか纏められる「ヒンディー語」である事に変わりはないとするならば、他の地域言語よりは地域外の観客に対して通用する度合いは高いのでは。とするならばヒンディー語映画が浸透してる北インドの広い地域で同じように流通する事は可能だろう。(かなり自分の私見、むしろただの予想。しかしボージプリー映画がデリーなど他のヒンディー語地域だけでなく、パンジャーブ州や西ベンガル州にも進出してるというので考えられなくもないと思う。)
*主に州公用語がヒンディー語の州:西の方から順に挙げると、ラージャスターン、マッディヤ・プラデーシュ(通称MP)、ハリヤーナー、連邦首都直轄領デリー、ヒマーチャル・プラデーシュ、ウッタランチャル、ウッタル・プラデーシュ(通称UP)、チャッティースガル、ビハール、ジャールカンド、これらの州の地域を指す事が一般的(なのかな?)。


文化の勢力争いの中で対立する地域内グローバル文化を駆逐して取って代わるわけではないが、ローカルの側からそのローカル性を武器に一段階上のレベルでの地域内グローバルに参加を果たしたボージプリー映画、そういう意味で興味深い記事だ。文化的画一化だけでなく、地域文化の脱地域化というグローバリゼーションの側面を示していると思う。

もちろんボージプリーの中にも様々な地域の訛り、下位方言が存在するというので映画に使われる方言がボージプリー言語圏内での地域グローバル基準とまたなるのだろう。
(そうなると果てしなく細分化でキリが無い話になるので、、もうここらで・・・。)
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by ek-japani | 2005-06-12 10:54 | ニュースより
映画『Bose - The Forgotten Hero』公開
BBC Hindi より・・・


最近日本でラース・ビハーリー・ボースの伝記が出版された一方で、インドではもう1人のボースに注目が集まっている。

その発端が先週末にインドで封切られたばかりの、この映画・・・。

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『Bose - The Forgtten Hero』

 監督:श्याम बेनेगल
 音楽:A. R. रहमान
 主演:सचिन खेडकर


 ※ちなみに
 スバーシュ・チャンドラ・ボース सुभाष चंद्र बोस

第二次世界大戦の最中、インド国民軍(Indian National Army आज़ाद हिंद फ़ौज آزاد ہند فوج)を率いて日本軍と合同でビルマから英領インドへ攻め込み、独立を勝ち取ろうとした独立運動の指導者(=“ネータージー नेताजी”の愛称で広く知られている)である。

この人物の生涯において劇的な最期の5年間(インドを脱出~飛行機事故まで)を描いた壮大なストーリー(と上映時間;約3時間半!)の映画らしい。

映画で使われる音楽のうちKadam Kadamという曲、いつか某F先生の授業で聴かせて貰ったインド国民軍の行進曲がそのまま再現されていた。


先週5月13日金曜日にデリーでの(一般公開としては?)初回上映の場には、実際にインド国民軍の一員としてスバーシュ・チャンドラ・ボースと共に戦った元兵士の面々が集まったようだ。
BBC Hindi : आज़ाद हिंद के जवानों की राय では、彼らがこの映画に対するそれぞれの思いを語った取材記事を写真付きで載せている。

なかなか興味深い内容なので、拙い訳ながらも日本語で紹介してみることに・・・。

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この映画を見て格別な気分だね。ただ残念なのは、国中がこれほど長い月日を経てネータージーをこのように(再評価して)見る事ができるようになるだろう、という事だ。実際この映画はもっと前に制作されて然るべきだった。この映画についてとやかく言い合うよりも、まず多くの人々に映画を見て貰うべきだよ、人々がネータージーの事を知り、彼の行動に勇気付けられるためにもね。
◆Lieutenant (中尉?) ダリープ・スィン氏◆



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とても良い試みだね。あの頃の自分たちに戻ったみたいな感じがしてるよ。今となっては(当時の状況を)そのまま(再現して)見せる事は無理だけど、シヤーム・ベーネーガル監督の作品はよくできているよ。僕たちから言いたいのは、この映画がもっと以前に作られるべきだったという事だけだね。だけど今からでもまだまだ遅くはないよ。この映画から若い世代が(多くのことを)学んでくれるだろうね。
 ◆Lieutenant (中尉?) ハルバンシュ・スィン氏◆



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この映画の事でシヤーム・ベーネーガル監督には感謝の辞を述べたい。(あの時からこれほど)月日が流れた後で(という意見)はもっともだが、彼はネータージーについて作品を撮ってくれたのだから。難癖をつけてばかりのフォワード・ブロック फ़ॉरवर्ड ब्लॉक (S・C・ボースが国民会議派を脱退後、自ら旗上げした政党)に、これらの(映画でのネータージーの描写;特に結婚&死亡について)疑問を投げかける権利など全く無い。彼らがネータージーのためにした事こそ一体何だとゆうのだ、ネータージーの名のもとにこれほど騒いでる輩だというのに。
◆Captain (大尉?) S・S・ヤーダヴ氏◆



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この映画はとっても気に入ったよ。軍隊の兵士たちや戦闘シーンを詳細に描写しようという努力がしてあるね。とはいえ、まさしくあのままを写し撮ることはできないもんだね、あの頃僕らが体験したものを。今でもあの頃の記憶は健在だよ、そんで(今日この)映画を見たら記憶がさらに鮮やかに甦ったね。この映画から(今の)人々が十分にいろいろなことを学び得るだろう。
 ◆Captain (大尉?) ベール・バハードゥル氏◆



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なかなか良い映画だね。そんでこの映画を見て幸せな気分さ、何はともあれネータージーの名前で何がしかのモノができたのだから。ネータージーは輝かしい人格をお持ちなお方だったよ。ネータージーについて出来たこの映画から、インドの若い世代が多くの学ぶべきことを見つけるだろうね。この映画から、そしてあの方の人格から人々が教訓を得ることを望むよ。なぜならあの方のおかげでこそこの国は独立を成し遂げたのだから。
◆Captain (大尉?) プラディープ・スィン氏◆



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映画は満足のいくものだったよ。あとは(ネータージーのオーストリア人秘書との)結婚のことについては言っておかないとね。ネータージーが結婚していたなんて自分は当時全く聞いた事は無かったよ。まぁ、この映画を制作するにあたってインド国民軍のメンバーから意見をきいていたら、多分もっと素晴らしい映画に仕上がってたんじゃないかな。フォワード・ブロックのやつらは選挙を争って、そんで政府のイスにおさまってるのさ。あの時ネータージーに反対してたやつらと手を結んでね。
 ◆Lieutenant (中尉?) ターラー・チャンド氏◆



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ネータージーが結婚していたという話は本当だと思うなぁ。でもネータージーはいつも三角帽子を被っていたわけじゃないよ、映画の中で描かれてたみたいにはね。フォワード・ブロックの人々は自分たちに都合の良いように、こういう(結婚していた事とか飛行機事故で死亡した事とかについて)疑問を投げかけるけどね。(事実と)まったく正反対なことを言っているし、あの人たちはネータージーと特に大した繋がりがあったわけでも無いのに。確かにこの映画が僕たちの意見を参考にして出来ていたら、もっと映画にリアリティーが出てただろうね。
◆Captain (大尉?) ショーバーラーム氏◆


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1945年8月18日にスバーシュ・チャンドラ・ボースが飛行機事故で死亡した事を認めない人々もインドにまだまだいるようだ。
以前『Hindustan Times』のWeb版でも“ネータージー特集”が組まれたみたいだが、そこでも全体的に事故を否定してボース生存説を検証している。
※実際そのサイトの中では、死亡ではなく“disappearance” と随所に記されている。

しかしそういう意見に対して困っている人々はインドだけでなく日本にも。
戦時中にインド国民軍と関わりがあって、ボースの事故や最期を看取ったという証言を集めたり、S・C・ボースの遺骨を日本に持ってきて保管している方々である。
Subhas Chandre Bose Academyより;主催者の方が高齢のため2004年に解散になったとのことです。)

なかなか複雑な状況である。

現在は東京都杉並区和田三丁目の蓮光寺という場所に安置されている。
(2001年12月9日在任中だったアタル・ビハーリー・ヴァージペーイ अटल बिहारी वाजपेयी 元首相も来日した際ここを訪れている。)
なんかJR高円寺駅から歩いていけそうなので、今度行ってみようかな・・・。
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by ek-japani | 2005-05-20 00:43 | ニュースより
“サーレー ジャハーン セ アッチャー” 創作100周年
※またネタ切れ気味(正直に言うと・・・)なので、BBC Hindi より


c0072728_21284854.jpgもう過ぎてしまったが、先日あるモノが2005年4月21日で100周年を迎えた。
それがタイトルの歌、というよりその歌詞の元になっている一編の詩である。

1938年に没した詩人アッラーマー・イクバール علامہ اقبال
(本名:ムハンマド・イクバール محمد اقبال) は数多くの優れたウルドゥー語の詩作を残した。
そのうちで最も人々に吟唱され愛されているのが、『ترانہ ہندی』 (タラーナー・エ・ヒンディー;直訳すれば『インドの歌』)である。

※少し読み難くなるけども、デーヴァナーガリー表記もついでに。(PCによってウルドゥー語の文字が表示されない事がけっこ~多いようなので。)
また例によって全部の日本語訳はつけないでおきます。(というより専門家の方々に対して恐れ多くて、下手な日本語なんか当てられません~。)

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 ○ ترانہ ہندی
 ○ तराना-ए-हिंदी
سارے جہان سے اچھا ہندوستاں ہمارا
ہم بابایں ہیں اس کی یہ گلستاں ہمارا
सारे जहाँ से अच्छा हिंदूस्ताँ हमारा
हम बुलबुलें हैं इसकी, यह गुलसिताँ हमारा
غربت میں ہوں اگر ہم، رہتا ہے دل وطن میں
سمجھو وہیں ہمیں بھی دل ہو جہاں ہمارا
ग़ुरबत में हों अगर हम, रहता है दिल वतन में
समझो वहीं हमें भी दिल हो जहाँ हमारा
پربت وہ سب سے اونچا، ہمسایہ آسماں کا
وہ سنتری ہمارا، وہ پاسباں ہمارا
परबत वह सबसे ऊँचा, हमसाया आसमाँ का
वह सनतरी हमारा, वह पासवाँ हमारा
گودی میں کھیلتی ہیں اس کی ہزاروں ندیاں
گلشن ہے جن کے دم سے رشک جناں ہمارا
गोदी में खेलती हैं इसकी हज़ारों नदियाँ
गुलशन है जिनके दम से रश्क-ए-जिनाँ हमारा
اے آبِ رودِ گنگا! وہ دن ہیں یاد تجھ کو؟
اترا تیرے کنارے، جب کارواں ہمارا
ए आब-ए-रूद-ए-गंगा! वह दिन हैं याद तुझको?
उतरा तेरे किनारे जब कारवाँ हमारा
مذہب نہیں سکھاتا آپس میں بیر رکھنا
ہندی ہیں ہم، وطن ہے ہندوستاں ہمارا
मज़हब नहीं सिखाता आपस में बैर रखना
हिंदी हैं हम, वतन है हिंदूस्ताँ हमारा
یونان و مصر و روما سب مٹ گئے جہاں سے
اب تک مگر ہے باقی نام و نشاں ہمارا
यूनान-ओ-मिस्र व रोमा सब मिट गए जहाँ से
अब तक मगर है बाक़ी नाम-ओ-निशाँ हमारा
کچھ بات ہے کہ ہستی مٹتی نہیں جہاں سے
صدیوں رہا ہے دشمن دور زماں ہمارا
कुछ बात है कि हस्ती मिटती नहीं जहाँ से
सदियों रहा है दुश्मन दौर-ए-ज़माँ हमारा
اقبال! کوئی محرم اپنا نہیں جہاں میں
معلوم کیا کسی کو دردِ نہاں ہمارا
इक़बाल! कोई महरम अपना नहीं जहाँ में
मालूम क्या किसको दर्द-ए-निहाँ हमारा!

============================
BBC Hindi の記事(と同時にBBC Urduの記事も参考)によると・・・

毎年の独立記念日や共和国記念日などに行われるインド国軍のパレードやクリケットの国際試合の応援での愛国心を掲揚するために伴奏される。また携帯電話の着信音として街中で鳴ったりするなど、様々な場面で愛国心を呼び覚ますメロディーとして親しまれている。(メロディー自体はラヴィ・シャンカル रवि शंकर が作曲したとの事。)
あのM・K・ガーンディー मोहानदास करमचंद गाँधी もこの詩をこよなく愛していて、独立運動のさなか投獄されていた時に何百回も口ずさんだそうだ。

いろいろな場面で引用される事も多い。
インド人として初めて月面に降り立った宇宙飛行士ラーケーシュ・シャルマー राकेश शर्मा も、当時の首相だったインディラー・ガーンディー इंदिरा गाँधी から「宇宙からインドはどんなふうに見えるのか?」という質問に対して、「サーレー・ジャハーン・セ・アッチャー… (どこよりも素晴らしく…)」と言ったそうな。
最近でも、分断されている両カシュミール間を結ぶバス路線が開通した時、バスが走る道沿いの至る所で「マズハブ・ナヒーン・スィカーター・アーパス・メン・バェル・ラクナー(宗教は説いてやいない、互いに憎しみ合うことなんて)」と書かれたポスターが作者イクバールの肖像と共に貼られていたそうな。


ちなみに・・・
何でこの歌を取り上げたかというと、自分がヒンディー語を大学で習い始めた頃の思い出に結びついているからである。

自分が人生で初めてまともに接したインド人、客員教授の某P先生の授業で入学間もなく文字すらまともに読めんうちから、とにかくひたすら繰り返しいろんな歌を唱和して教え込まれた。その最初の歌がまさにこれだった。

当時はその教え方にカルチャーショックを受けた。
日本の英語教育では一般的に読み書き中心の学習方法が主流(明治維新に始まる英語受容の歴史が背景にあるので一概に悪いとも思わないが、自分もその中で教育を受けた日本人の1人としての例にもれず、英語で話すのに困る事ばかりなのも事実である。)で、言葉を学習するのにまずはともかく文字を覚えてからと自分でも思っていたので。
もちろん文字や文法は別の時間の授業で日本人の先生方が教えていたので、それと同時並行でP先生が受け持つ授業の目的は口述・会話の練習である。しかし当時もその事を十分理解したつもりで授業を受けていてすら、なお驚く(というかよくわからんくて振り回された)という事が多かった。

暗記する、特に耳で聴いて覚えるのが自分はかな~り苦手で、覚えられるとも全然思ってなかった(しかも実際そうだった)ので、テストで歌を暗誦するのは全くできなかった。むしろそういうスタンスの学習方法が時間の無駄にさえ思えてきて、そのためP先生の授業をけっこうサボってしまっていた。

c0072728_21292176.jpgそれでも判らないなりに何回も聴かされ耳に刷り込まれた歌詞を、一昨年にデリーの本屋で購入したイクバールの詩集 (ウルドゥー語の原文+ローマ字&デーヴァナーガリー音写・英語訳) のなかで改めて確認した時、P先生は授業でこう言っていたのか!と少し懐かしい思いをした。(↑上のやつもこの本(写真;右→)を参照した。) しかもその授業中に必死でカタカナ書きでメモした歌詞はやはり全然違っていた。。。(ついでに言うと、この本のローマ字&デーヴァナーガリー音写にも原文と少し食い違ってたり、いくつかは明らかに間違ってる箇所があった。。。)

今回改めてまた読んでみたら、描き出されている情景と詩の韻律のリズムがなかなか良いなぁと思った。また簡潔で親しみやすいのが広く歌い継がれる一番の理由というのも納得である。
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by ek-japani | 2005-04-25 21:40 | ニュースより