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日清カップヌードルのCM
最近話題になっていた日清食品『CUPNOODLE』の新しいCMを、昨日やっとTVで実際に見ることができた。

昨年より“No Border”をテーマにシリーズで制作されているが、今月15日からは第6作「笑顔編」という事で、イラン(正式にはイラン・イスラーム共和国:جمهوری اسلامی ایران)国内に在住のアフガン افغان 難民の子供たちの笑顔が多数クローズアップされている。
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CM自体は子供たちの無垢な笑顔と綺麗な映像で文句のつけようが無いのだが、気になるのがCMの終わり間際で画面左下に小さく表示される 「日本で発売されている商品はハラール食品ではありません」 という注意書きである。

果たしてこれは誰に向けてアナウンスされているモノなのか、という疑問が湧いてくる。

もちろん教義上ハラール حلال かそうでないのか識別しなくてはいけないムスリム مسلم の人々に向けたものであるのは明らかである。
問題はどんな「ムスリム」に対してなのか、という事だ。

特にCMで表示される注意書きが日本語だけ、というのが大きな問題である。
日本人ムスリムの人口は非ムスリムからの改宗者(ムスリムとの結婚を機に、当人の選択によって、など)、ムスリム家庭での子供の誕生など様々な要因でますます増加しているようである。
しかしそのような人々の大多数には、ハラールかそうでないかを識別するのに比較的容易に情報にアクセスできる環境&能力が備わっていると思う。

それは日本語の能力によるところが大きいだろう。
例えば店頭で識別できなければ、その食品を製造している会社に電話やメールで問い合わせるということも可能である。(もちろん情報を提供すべき側の方で、「企業秘密」の面目で食品の原料成分を情報開示しないというケースもよく耳にするが。)

それでも日本人ムスリムの人々にとってはまだまだ苦労は多いのだろうけど、現在の日本においておそらくムスリムの多数派であろう外国人ムスリム(ここでは日本国籍取得に関係なく日本語運用能力の面から話を進める)にとってはもう少し苦労が上乗せされるのだろう。
「外国人ムスリム」といっても日本語の能力は滞在期間や日本に来た背景(出稼ぎや留学など)で千差万別であろうが、たとえ会話能力なら問題ない人物でも食品の成分表示を読むとなると日本人なら簡単に判りそうなモノも迷うことが多いかもしれない。

そんな「外国人ムスリム」の人々があのCMを見て、舞台がイランでアフガン難民の子供たちが映っているという事から宣伝している商品もハラールだと誤解する可能性がある、という認識で例の注意書きは加えられたのだと思う。
インドネシアではハラール食品の条件に適うカップヌードルを販売しているらしいので、日本で販売しているカップラーメンもハラールだと誤解してしまう事も十分ありえるかもしれない。

それなら尚更情報を受け取る側への配慮が欠けていると思う。CM制作側にとってコストの問題とか何らかの都合があって多言語表示が難しいせよ、最低限英語で併記くらいしてあってもよさそうな感じである。
“These products sold in Japan are NOT HALAL
とか

※ついでにヒンディー&ウルドゥーでも
“ ये जापान में विक्रीत उत्पादन हलाल नहीं हैं ”

“ یہ جاپان میں فروشی مصنوعات حلال نہیں ہیں ”


なんて事を少し考えてたら会社ではなく商品ブランド自体のHPにおいて、ペルシア語でも併記された以下の注意書きの画像を発見。
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“مواد غذایی که در ژاپن به فروش می رسند حلال نیستند”

(カタカナ書きすると;マヴァーッデ・ガザーイー・ケ・ダル・ジャーポン・ベ・フォルーシュ・ミー・ラサンド・ハラール・ニースタンド)

でも他の部分は全て日本語で表記されているサイトの、しかもわざわざCM制作ノートのとこを開いてからさらに企画意図の5ページ目に表示されて、果たしてこの注意書きを必要とする人に届くのだろうか・・・。(個人的には発見して興味深かったけど。)

それにペルシア語なのは舞台がイラン国内だった事に関連するのだろうけど、日本における「外国人ムスリム」に対しての注意書きとしては不十分な気がする。アラビア語とか、日本に在留・居住している話者が比較的多いインドネシア語やベンガル語、ウルドゥー語とかでも注意書きを画像ファイル形式で用意しておけばもっと良いと思う。


な~んて良心的な意見を述べてみたが、ただ自分が多言語併記マニアなだけだったりするので・・・。ひそかに日本で普通に製造・販売した食品に、いつかハラール・マークが何でも付く日を期待、宗教的な面でムスリムの生活が容易な社会になるようにとかの主張とは別の動機で。
(最近駅とかで見かけるハングル&簡体字の案内や、銭湯でたまに壁に貼ってある入浴の際の禁止事項のペルシア語&ウルドゥー語とか、もう~たまりません。)

実はこのブログも単に自分の好みで多言語表記なだけで、別に学術的なこだわりとかは全然無い・・・。
(あ、ちなみにアルファベットで表記する言語にはあまり反応しないので、正確には「多言語」というより「多文字」併記マニアですな・・・。)
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by ek-japani | 2005-06-30 09:38 | 考察
マードゥリーマニア
インドの大手新聞社『Hindustan Times』のサイトで、実は以前からブロードバンド放送で音声&映像ニュースを提供しているのを最近になって発見。
(だけど何だか現在は全く更新してもいない様子、自分が発見したページも2003年12月20日更新のままになってる・・・。)


そのなかで発見したのが、ジャールカンド झारखंड 州の工業都市ジャムシェードプル जमशेदपुर (ターター टाटा 財閥の一大拠点、街の名前は財閥の創始者ジャムシェードジー・ターターに由来する。)において、ヒンディー語映画の大女優マードゥリー・ディークシト माधुरी दीक्षित の名前を冠した公園を設立したと報じられた、このスィク सिख のオジサンである。

2003年12月12日配信“Madhuri Baag”(← Real Player で再生)を参照のこと。
※もしくは①このページの左下《ENTERTAINMENT》欄、一番下の〈more videos〉をクリック
 → ②“A garden in Madhuri's name in Jamshedpur”をクリック
 → ③既にページの真ん中に表示されている画面で再生開始

このオジサンを見るのはこれで2回目である。

インドの週刊誌『India Today』 (自分が定期購読してるのはHindi Eddition『इंडिया टुडे』の方、いつもネット書籍販売“書肆なゆた屋”さんに頼んでいる。)に、毎号はじめのとこで“前例無き(最初の)前例 मिसाल - बेमिसाल”という名のコーナーがあるのだが、そこでは毎週インド国内で人知られず地道に、だが他の誰にも出来無さそうな偉業を成している市井の人々が紹介される。
いつもは自然保護や社会福祉に携わってる人が取り上げられる事が多いのだけど、たま~に本当にキワモノというか変わり者の“前例”さんが登場するので、自分は密かにそんな変人さん達が紹介されるのを期待していたりする。
※ちなみに最近知ったのだが、英語版よりもヒンディー語版の方が売れているらしい。

その“前例無き前例 ”の記事(下の写真↓ ;2004年10月11日号より)
《生きる意味はマードゥリーの名において परमार्थ माधुरी के नाम पर》で、このマードゥリーマニアなオジサンを初めて見た。
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※記事を拡大するには
http://photos1.blogger.com/blogger/6447/715/1600/IndiaToday Misal-Bemisal MadhuriMania.jpg
をコピーして、アドレスバーのURL欄に貼り付けてから移動してください。

街で有名なスナック(मिठाई और चाट)の店を経営するパップー・サルダール पप्पू सरदार (36歳)という人物らしい。
(どうやら写真は自分の店の一角にマードゥリーの写真を飾ってあるスペースのようだ。)

この写真での恍惚の表情を見るとイッチャッテルナ~という印象も受けるが、よく考えると単に恥ずかしがってテレているだけなのかも。写真ではマードゥリー・ディークシトの誕生日にプージャー पूजा を捧げているところ、現代版バクティー भक्ति 信仰なんだろうか・・・。
ここまでくると彼の事を形容するのに「ファン」なんて言葉ではもはや生ぬるい、「マニア」すらまだ弱いかも。
(この記事では「ディーワーナー दीवाना」とたたえているが、この場合は映画で使うような軽い「もう夢中!」ってよりか、もっと深刻な響きを感じるのは気のせいだろうか・・・。)

でもマードゥリーが子供を出産した時には、ミッショナリー系慈善団体の孤児院で子供たちにミターイーを配ったり玩具や衣服を寄付したりと、けっこ~積極的に社会にも貢献している良心的な人物なようだ。

ちなみにマードゥリーと会えた事は未だないらしい。
本人曰く、いつか向こうから自分に会いにジャムシェードプルへ来た時こそ夢の女神マードゥリーと対面する事がかなうだろう、と。その確率が僅かなのは百も承知だが、決して望みは捨てていないとの事である。
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by ek-japani | 2005-06-29 23:13 | ニュースより
豆ブーム
何となく豆を食べたくなった。。。


自分の家では母親がいつも自分専用に玄米&大豆(などその他無数の豆・穀類)のご飯を炊いて、禅寺のような食生活を独りで実践しているので豆は欠かせません。

しかし自分が最近食べたくなったのはチャナー豆(चना چنا:ヒヨコ豆)とかマスール豆(मसूर مسور:レンズ豆)とかナントカかんとか。

例の大久保フジストア(配置換えしてた!少し雑多な感じが無くなって寂しい。)で、棚を眺めていた時に積まれてた様々な種類の豆の袋が眼にとまったのがキッカケである。

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最初むしろ気になったのは中身よりもむしろ袋のほう。

今までは大手Ambika Japanの“Uttam”ブランドのやつだったけど、いつの間にか一部商品を独自ルートで輸入してオリジナルの包装で販売しているのに今更ながら気がついた。
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ちゃんと袋の裏面にはフジストアの住所やHPのURLなども記載されてるし、お店のオリジナル商品の包装としては完璧である。
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ちなみに輸出元はラージャスターン州のジャイプル जयपुर にある会社らしい。

しかも“Keep Tokyo clean”が何とも言えぬ雰囲気を出してるような・・・。
(こんな豆が入った袋を街中でポイ捨てする人が一体どこかにおるのだろうか・・・。)

それから豆で何か料理をしてみようかと、しばらく棚の前で考えた末にホンモス(حمّص:アラブ料理で付け合せに出てくるヒヨコ豆ペースト)を何となく食べたいと思ったのでヒヨコ豆を1袋購入。

久しぶりにダール दाल دال も作ろうかと思いレンズ豆もついでに1袋。ムーング豆(मूँग مونگ:Toor豆?和名は何だったか忘れた。)の方にしようかとも思ったけど、あまり自分で使った事が無かったので今回はレンズ豆に決めた。


その結果はこんな感じ・・・。

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ホンモスは少し味が薄くなってしまったけど、まぁ薄い分には後でいくらでも調整できるので。
※さらっとしてると写真に撮った時にノッペリしてよくわかんないかも知れんと思い、この写真のは水で粘度を調整してないので少し固め。クミン(ज़ीरा زیرہ)が家で切らしてたので残念。おろしニンニクとレモン汁も食べる前に入れていろいろ味のバランスを調整してみたり。

問題はレシピを勘違いして、水で戻す前にカップで測ったので豆が多過ぎに。ついでにそのままホンモスも作りすぎてしまった、うひょ。(即座に知り合いおすそ分け作戦で消費に成功。あんまり日持ちするもんでもないだろうし早めに・・・。)


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ダールにもクミンが無いうえに、ちょっと今回参考にしてみたレシピ(← ムーング豆を使うことになってるが、レンズ豆で作ってみた。)がニンニク(लहसुन لہسن)&タマネギ(प्याज़ پیاز)を使わないものだったので少しモノ足りない感じも。でもギー(घी گھی)とそれで最初に少し炒めたショウガ(अदरक ادرک)の香りが効いてて、こういうもんなのかなという思い込みも・・・。


・・・豆もまだまだ大量に余ってるけど、まぁすぐ腐るものでもないし。自分が使わんでも母親が消費するかも知らんし。
気楽に豆ブームはまだ続く予定・・・。
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by ek-japani | 2005-06-25 07:02 |
渋谷の“EL SUR RECORDS”
最近何か無性~に新しいCDを聴きたくなった。

以前からそんな気分の時には、HMVのワールドミュージックの棚でインド系の音楽をあたることが多かった。

しかし今回は少し聴く音楽の幅を広げてみようと、同じワールドの棚でも隣のアラブ・中東の方を探してみた。(この前あるインド映画で使用されたある曲がアラブポップからの流用だったのを知って、何となくそっち方面にもちょっと手を出してみようかと。)

といっても、予備知識も無く~イキナリCDのジャケットとかで判断して~適当に選んで~、な~んて買い方ができるほど自分には予算も度胸も無いのである。そういう訳でアラブポップマニアな方々のブログなどを参考にあれこれ覗いてみた。

その中でイラク出身の歌手カーズィム・アッサーヒル كاظم الساهر の昨年末に出た最新作『Ila Tilmitha الى تلميذه』 (=『女学生へ』 :あるアラブ地域専門家兼アラブ音楽マニアの方のブログより。)が何となく良さそうだ、と思った翌日都心に出たついでに渋谷へ寄って探してみた。

c0072728_9371984.jpg渋谷のHMVで棚に置かれていた最後の一枚を無事に見つけた。
しかしその他にも同じアーティストのCDがあるか見てみたけど無い。というか全体的にワールドの棚が以前より規模縮小されてるような気も。(というより韓流ブームでK-popのスペース拡大の分で削られてるのか。)


そういう訳で(長い前置きだが…)以前から存在と場所は知っていても、未だ1度も行った事の無かったワールド専門(なのかな?)のレコード屋(という言い方は古いのかな?)に行って見ることにした。

それが宮益坂を少し登ったとこにある“EL SUR RECORDS”である。

場所は少しウロ覚えだったが、郵便局の道路を挟んでハス向かいの辺り、ビルの2階、位の目印であっさり見つかった。(詳しい場所は↑のリンク先、店のHP参照されたし。)


このお店はサラーム海上さんという方のレコード屋である。(日本で販売されてる「インドもの」CDなんかにライナーノーツで名前がよく載ってたりする。自称“よろずエキゾ風物ライター”らしい。)

以前ブログを見た事があるが、ヒンディー語映画で有名な作曲家集団“シャンカル・エヘサーン・ロイ शंकर एहसान लॉय”の1人、シャンカル・マハーデーヴァン शंकर महादेवन などに、今年1月“リメンバー・シャクティ”の日本公演の際にインタビューもなさったらしい。


そんなわけでアラブ音楽のCDを探しに来たはずが、店にあったインド映画音楽のCDのほうに購買欲が向いてしまった。
映画音楽のCDの中では、前述のシャンカル・エヘサーン・ロイとA・R・ラフマーン ए.आर. रहमान が作曲したものが割と多い感じだった。

まず映画『Paheli पहेली』『Bunty aur Babli बंटी और बबली』のCDが新しく入荷していたので購入。(あと一番最近のでは、カラー化してリヴァイヴァル公開された『Mughal-e-Azam मुग़ल-ए-आज़म مغل عاظم 』の音楽リマスター版CDがあった。)

c0072728_938216.jpg他にもA・R・ラフマーンが音楽を担当した中国映画『天地英雄』 (英題『The Wariors Of Heaven and Earth』/邦題『ヘブン アンドアース 天地英雄』:ちなみに中井貴一も出演してる。)のサントラ盤『Between Heaven and Earth』も見つけたので購入。

とまたこういう訳で、けっこ~当初の予算オーバーで買い物してしまった。
(カーズィム・アッサーヒルのCDも前述の新作以外にいくつか置いてあったが・・・もう手が出せんかったです。)


あまり日本でヒンディー語映画のCDやDVDを買うのは現地に比べ高くつく(のは輸送費や人件費などかかるので当然だとは思うが、記載されてる現地販売価格(Rs.○○○)×大まかに3=△△△△円、という風に計算してしまうと、もう~ダメ。)と思ってたけど、なぜか今回は欲のほうが勝ってしまったようだ。(今回買ったやつは輸出向けインド国外販売用のCDだったので、ルピー表示の価格が表示されてないのが大きな要因かも。)

ちなみにヒンディー映画のDVDもけっこ~新しいのを売っていた、やはり買い求めに来るマニア相手に良い商売になってるのだろうか・・・。(ざっと見た所、やはり輸出向けインド国外販売用のものが大体4000円程だった。)
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by ek-japani | 2005-06-17 09:43 | 音楽
“A Door Into Hindi”
最近こんなサイトを発見した・・・。
◆ A Door Into Hindi ◆

アメリカのノース・カロライナ州立大学 外国語・文学部でヒンディー&ウルドゥーを教えているアフローズ・タージ अफ़रोज़ ताज افروز تاج 助教授という人が運営しているサイトのようだ。

ヒンディー語オンライン教育のためのサイトなのだが、ちゃんとUnicode対応でヒンディー語が入力されているので文字表示の上で問題は少ない(はず)。

Web上でのヒンディー語オンライン教育のコンテンツならインド政府内務省 公用語庁 のサイトにも同じような趣旨のものがたくさんあるけども、こちらはオリジナルのフォント、というかユニコード規格外で不親切なフォントを使っているので、けっこ~文字表示に難ありの場合が多い。
※ちなみに他のインド政府関連サイトでもヒンディー語ページが基本の英語ページと併設されてる事が最近多いようだが、それらも同じ状況である。一部のヒンディー語(マニア)ブロガーは「なぜ今時ユニコードを使用しとらんのだ!所詮は政府のアホ官僚の仕事だわな。」という感じで見ているようだ。

アメリカ合衆国連邦政府 教育省の支援も受けて運営されているらしい。
しかし2003年頃に開設したらしいのだが、いかんせん全部で24課あるレッスンの内容が未だアップされてない部分が随所にある。サイトの見かけは良いのだが、何か途中で頓挫しかけてる印象である。


それでも一番おもしろいのは、各課の例文会話の状況を5分程のビデオスキット(動画ファイル)で再現して見せてくれている点である。(もちろん動画ファイルが未だアップされてない課もたくさんある。)
その再現ビデオスキットがNHK教育テレビ(関東圏では3ch)で放送してる小学生用の番組みたいな雰囲気で見ていてたくさんツッコミ入れたくなる感じである。

例えば各課のビデオに必ずインド映画を意識したのか、意味不明なナンチャッてミュージカル・シーンが挿入されるている事である。それが出演者の微妙にツッコミ入れたくなる素人具合とあいまって興味深かったので、アップされてるのは一気に見てしまった・・・不覚。
何でなのかよくわからんけども、(アップされてるのに限っては)全課で律儀にミュージカルがあって製作者の意味不明、むしろ「ヒンディー教えるなら映画のようなダンスシーンも見せなければならない!」みたいな固い決意を感じる。
(しかし再生中にQuick TimeがPCごと突然固まることもあるので、再生には注意を。)

また初級の方だと未だ複雑な例文を出せないので、どうしても会話が単調で非現実的な感じになってくる。けれども第1課のビデオスキットでは、2人子連れの中年オバサンが野菜売りの人に対して「アレはあるか?コレはいくらだ?ソレは良いか?」とか単調な質問をぶつけるのだが、何かこういう風に買い物するオバサンいそうだな~、という感じもするので密かに良い配役&状況設定である。
答えるほうの野菜売りのオニイサンは恥ずかしそうに「セリフ言わされてる~」感を前面に出してるのも良い(もはや何でも褒めとく)。


c0072728_7193979.jpgよくよく真面目に考えると、このようなヒンディー語教育教材の需要はアメリカなどNRIs (Non-Resident Indians:海外在住のインド人、概念としては一時的な出稼ぎから帰化して数世代も経たようなインド系移民まで幅広く含む) が多い地域で高いのだろう(、また今後更に増加するかもれない)。
海外の英語環境で育つNRI移民2世・3世の子供に「母語」として教育するため、という場合も現在では数多いと思う。
(そういえば最近の版の『Teach Yoursef Hindi』(著者:Dr. Rupert Snell / Simon Weightman、←写真;左)では実際に例文に出てくる登場人物がそんな感じだった、とウロ覚え。)

ビデオの中でもそんな感じの人がちらほら。第15課に出演してるNRIらしき女の子の発音は一緒に出てくるオバサンに比べて何かたどたどしい。


サイトの責任者であるアフローズ・タージ助教授はアリーガル अलीगढ़ علیگڑھ ・ムスリム大学を経てJNUという経歴のようで、ヒンディー語とウルドゥー語は基本的に2つで1つの言語だという考えらしい。
それもあってか“A Door Into Hindi”の姉妹サイトをウルドゥー語でも一応作るつもりであるらしい。
◇ A Door Into Urdu ◇
(こちらは本当に全然何もアップされてない、僅かに1章だけ。)
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by ek-japani | 2005-06-13 07:31 | 言語
ボージプリー映画
またまたBBC Hindi より・・・。

■2005年6月11日:गरम है भोजपुरी फिल्मों का बाज़ार
※同じような話が英語で書いてあるのはこちら

全然知らなかったが、最近 *ボージプリー भोजपुरी で制作される映画が活気付いて来ているらしい。
*ヒンディー語の方言として分類される一言語の名称(詳しくはリンクを参照)

以前からもボージプリーで映画は制作されていて、地元(ビハール州&ジャールカンド州とUP東部の一部)の各地では細々と街の映画館にて公開されていたらしい。だけどもボージプリーで映画を制作するなんて三流のやる仕事だ!とゆう感じで、ヒンディー映画界の著名な人々が参加する事など今までは全然なかったらしい。
しかしここ数年の間に状況はかなり変わってきたとのこと。一部の勇気ある制作者がしっかりと予算をかけ、プロの俳優や音楽家と組んでより良い脚本の選定を行なったのがキッカケだそうな。

そこからはどんどん好循環である。
①良作が公開→②観客が映画館に集まる→③ボージプリー映画が再評価→④他のボージプリー映画の客足にも好影響→⑤ボージプリー映画の業界全体がさらに盛況&作品の質向上→⑥予算増加&イメージアップでヒンディー映画の著名人も参加→⑦さらに観客&上映館の増加、上映地域も拡大・・・・という具合である。

特に⑥の段階の有名な話では、ヒンディー映画の女優ジューヒー・チャーウラー जूही चावला もボージプリー映画に出演する らしい。
またプレイバック歌手として有名な ウディト・ナーラーヤンउदित नारायण は何とプロデューサーとして制作した『Kab Hoi Gauna Hamar कब होई गवना हमार』(『 いつかしら 私の嫁入り?』) というボージプリー映画がヒットして、現在ムンバイーやデリーの映画館でも公開されている らしい。(ちなみに映画タイトルを連邦公用語的な標準ヒンディー語にすると『Kab Hai Gauna Hamara कब है गौना हमारा』 だろう、“गवना”の綴りでは辞書(The Oxford Hindi-English Dictionary)には載ってなかったが、この映画のローマ字表記タイトルから推測して引きなおしてみたら《280p“गौना”:女性が父親の家(*=実家)から夫の家(*=婚家)に(*初めて)連れて来られる儀式》とあった。*部分はブログ作成者)


この現象はグローバル文化VSローカル文化の事例として考えると興味深い。
文化グローバル化現象の象徴とされ世界中に席巻するハリウッド映画、それに対置して国産映画の高い上映率と年間制作本数を誇るインド映画はローカル文化の象徴と考えられる事も多い。
しかしインド映画はローカル文化であると同時に、別の次元ではグローバル文化でもある。インド国外に向けては南アジアの近隣諸国をはじめ、東南アジア、中東アラブ諸国、旧ソ連の中央アジア&東欧地域などにも輸出されている。特に近隣諸国の映画産業にとってはインド映画が国産映画のシェアを食いつぶす大きな脅威となっている。

さらに「インド映画」というカテゴリーの内部でも同様のせめぎ合いがある。
どちらかとゆうと、南インド4州公用語(テルグ、カンナダ、マラヤーラム、タミル)の映画業界の間には住み分けがあるような感じだ。(あんまり詳しくないのでアレだが、お互いにヒット作をリメイクしたりしてるので、一つの言語の作品がそのまま他の言語圏の観客にもヒットする事は難しいと推測。)
むしろ問題なのは北インドにおけるヒンディー語映画とそれ以外の地域言語による映画との関係である。近隣諸国の映画産業に対するのと同様に、ヒンディー語映画は地域内におけるグローバル文化という側面も持ちうる。
ベンガル語映画、マラーティー語映画、グジャラーティー語映画などがそれぞれの言語圏で制作されており、それぞれがヒンディー語映画にも劣らぬ伝統を基に良い作品を送り出している。(コルカタ発のベンガル語映画は『大地の歌』などの3部作でサタジット・レイ(ベンガル語ではショットジト・ロイ সত্যজিত্ রায় ・・・だったかな?)は海外でも有名だし、最近ではマラーティー語映画『シュワース श्वास』(=『眼』)が昨年度のオスカー賞外国語映画部門にインドから出展する映画として選ばれ話題を呼んだ。)

それでも興行的な規模&シェアの比較で言えば圧倒的にヒンディー語映画に押されている、というのは北インドのどの地域でも事実である。芸術映画の分野での傑作や監督・俳優による話題作などが他の言語圏で何本か公開されるとしても、大衆文化の観点からどの地域言語の映画も産業全体としてはヒンディー語映画に対抗できるものではない。やはり優秀な人材&潤沢な予算を投じて制作されるヒンディー語映画の方が北インド一帯のどの街でも多く公開され観客も見に来るので、ますますヒンディー語映画の勢力が拡大するという地域内グローバル化の構図が出来上がってくる。

(なんか長々と本来はここのブログで書くような内容ではない感じもしてるが、前置きとしてやはり必要なので・・・。ここから本題。)


それら地域言語の映画と比べると、ボージプリー映画が地域内グローバル文化であるヒンディー語映画と向き合う状況は微妙に異なってくるように思う。
一般的にボージプリーがヒンディー語の方言として下位区分に含まれるように、映画産業としても他の地域言語ほどはヒンディー語映画界から離れていない。

この事はボージプリー映画にとっては有利な点でもあり不利な点でもあると思う。
不利な点として考えると、やはり今までのボージプリー映画の状況のように“わざわざ何でボージプリーで?”という感じで、より多くの観客&興行収入を見込める「ヒンディー語」映画に人材&資金も持って行かれてしまうと思う。この意味ではヒンディー語圏外の他の地域言語より状況はさらに厳しいかもしれない。
しかし利点として考えるなら、実際にも上述のようにヒンディー映画界からの参入する場合、他の地域言語映画への参入に比べたら容易なのではないだろうか。(特にセリフを喋らなくてはいけない俳優にとっては。)

また*話される地域が広大なので「ヒンディー語」というモノの内実も千差万別であるが、ボージプリーも多様でも一定の枠組みに何とか纏められる「ヒンディー語」である事に変わりはないとするならば、他の地域言語よりは地域外の観客に対して通用する度合いは高いのでは。とするならばヒンディー語映画が浸透してる北インドの広い地域で同じように流通する事は可能だろう。(かなり自分の私見、むしろただの予想。しかしボージプリー映画がデリーなど他のヒンディー語地域だけでなく、パンジャーブ州や西ベンガル州にも進出してるというので考えられなくもないと思う。)
*主に州公用語がヒンディー語の州:西の方から順に挙げると、ラージャスターン、マッディヤ・プラデーシュ(通称MP)、ハリヤーナー、連邦首都直轄領デリー、ヒマーチャル・プラデーシュ、ウッタランチャル、ウッタル・プラデーシュ(通称UP)、チャッティースガル、ビハール、ジャールカンド、これらの州の地域を指す事が一般的(なのかな?)。


文化の勢力争いの中で対立する地域内グローバル文化を駆逐して取って代わるわけではないが、ローカルの側からそのローカル性を武器に一段階上のレベルでの地域内グローバルに参加を果たしたボージプリー映画、そういう意味で興味深い記事だ。文化的画一化だけでなく、地域文化の脱地域化というグローバリゼーションの側面を示していると思う。

もちろんボージプリーの中にも様々な地域の訛り、下位方言が存在するというので映画に使われる方言がボージプリー言語圏内での地域グローバル基準とまたなるのだろう。
(そうなると果てしなく細分化でキリが無い話になるので、、もうここらで・・・。)
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by ek-japani | 2005-06-12 10:54 | ニュースより
“Kaho Na Kaho”
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このまえ卒業旅行のお土産としていろいろ買ってきて貰ったCDの中の1つに、映画“Murder”(2004年)のCD(←写真;左)がある・・・。

このアルバムの中の“Bheegey Hont Tere भीगी होंठ तेरे”という曲が、Filmfare賞の最優秀男性プレイバック歌手賞を受賞したというので、最初はこの曲目当てで友人にリクエストした。

しかし最近はむしろ1曲目の“Kaho Na Kaho कहो न कहो”がかな~り気になっていた。

なぜかというと、この曲の一部分で歌詞が突然アラビア語に切り替わるのだ。
何て歌詞なのだろうか~・・・と気になりながら頻繁に聴きつつも、大して何も調べずに数ヶ月の時間が過ぎた。

c0072728_11381638.jpgでもこの頃になってアレコレ調べてみたらビックリ、原曲が(やはり?)あった事が判明!!

それは“Tamally Ma'ak تملي معاك”という曲である。
(同名のアルバムに収録、←写真;左)
※試聴するには Real Playerで、もしくは Windows Media Playerで。
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  アムル・ディヤーブ عمرو دياب
(写真;右→)というエジプトの歌手が2000年に大ヒットを飛ばした曲らしい。

自分はアラビア語圏の芸能に疎いので今まで全然知らなかったが、日本のアラブポップ愛好者にはかな~り有名な歌手&曲なようだ。
(ちなみにHMVでしっかり扱ってるので、かな~りメジャーな歌手であることを今更ながら発見!)


一方“Kaho Na Kaho کہو نہ کہو”はパーキスターンの歌手アミール・ジャマール अमीर जमाल امیر جمال が歌っている。
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彼がカヴァー(というか・・・そのまんま盗作?)して歌った曲(2003年リリースの同名アルバムに収録、←写真;左)はパーキスターン国内でもヒットしたらしいが、原曲の事については述べていないようだ。

※とすると・・・、やはり堂々と盗作?・・・、と思いきや挿入のアラビア語部分は原曲そのままの歌詞なので、若干良心が咎めてトリビュート?のつもりだったのかも・・・。ならせめて無許可なりに原曲の作者を曲のクレジットに載せておけばよかったのだが、そうもしなかったらしい・・・。


いづれにせよ一部アラビア語の歌詞がそのまま挿入されている事によって、この曲がいっそう興味深いものとなっている事には変わりないと思う。(もちろん原曲の良さが第一にあってだけど。)


ちなみにこの原曲、他にもスペイン・イスラエル・ロシア・アルゼンティン、さらには日本(というか単に誤解?)でもカヴァー(というか盗作?)されたらしい。
※この曲以外にもインド映画で使用された曲がいくつか盗作として名指しされている。
欧米のアーティストの曲からパクッた場合は原曲が比較的判明しやすいが、アラブポップ(&その他の非欧米地域の大衆音楽)から流用・カヴァー(というか盗作?)された曲もただ知られてないだけで、かな~りインド映画音楽に実は使われているのじゃないだろうか・・・。



ついでなので歌詞も・・・
※デーヴァナーガリー&アラビア文字で表記(挿入のアラビア語部分はアラビア文字のみ)
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کہو نہ کہو، یہ آنکھیں بولتی ہیں*
*कहो न कहो, ये आँखें बोलती हैं
ؤ صنم، ؤ صنم، ؤ میرے صنم
ओ सनम, ओ सनम, ओ मेरे सनम
محبت کے سفر میں یہ سہارا ہے
मुहब्बत के सफ़र में यह सहारा है
وفا کے ساحلوں کا یہ کنارہ ہے
वफ़ा के साहिलों का यह किनारा है
(*×2)


بادلوں سے اونچی اڑان ان کی*
*बादलों से ऊँची उड़ान उनकी
سب سے الگ پہچان ان کی
सबसे अलग पहचान उनकी
ان سے ہے پیار کی کہانی منصوب
उनसे है प्यार की कहानी मनसूब
آتی جاتی سانسوں کی روانی منصوب
आती जाती साँसों की रवानी मनसूब
(*×2)

تملي معاك
ولو حتي بعيد عني في قلبي هواك
تملي معاك
تملي في بالي وفي قلبي ولا بنساك
تملي وحشني لو حتي بكون وياك

کہو نہ کہو، یہ آنکھیں بولتی ہیں
कहो न कहो, ये आँखें बोलती हैं
ؤ صنم، ؤ صنم، ؤ میرے صنم
ओ सनम, ओ सनम, ओ मेरे सनम
محبت کے سفر میں تو ہمارا ہے
मुहब्बत के सफ़र में तू हमारा है
اندھیرے راستوں کا تو ستارہ ہے
अँधेरे रास्तों का तू सितारा है
تملي حبيبي باشتاقلك
تملي عينيا تندهلك
ولو حوالي كل الكون بكون يا حبيبي محتاجلك

تو ہی جینے کا سہارا ہے
तू ही जीने का सहारा है
میری موجوں کا کنارہ ہے
मेरी मौजों का किनारा है
میرے لئے جہاں ہے تو
मेरे लिए जहाँ है तू
تجھے میرے دل نے پکارا ہے
तुझे मेरे दिल ने पुकारा है


کہو نہ کہو، یہ سانسیں بولتی ہیں
कहो न कहो, ये साँसें बोलती हैं
ؤ صنم، ؤ صنم، ؤ میرے صنم
ओ सनम, ओ सनम, ओ मेरे सनम
لبوں پے نام تیرے بس ہمارا ہے
लबों पे नाम तेरे बस हामारा है
یہ تیرا دل بھی جانا اب ہمارا ہے
यह तेरा दिल भी जाना अब हमारा है

کہو نہ کہو، یہ آنکھیں بولتی ہیں
कहो न कहो, ये आँखें बोलती हैं
ؤ صنم، ؤ صنم، ؤ میرے صنم
ओ सनम, ओ सनम, ओ मेरे सनम
محبت کے سفر میں تو ہمارا ہے
मुहब्बत के सफ़र में यह सहारा है
وفا کے ساحلوں کا یہ کنارہ ہے
वफ़ा के साहिलों का यह किनारा है

خوابوں میں تجھ کو سنوارا ہے*
*ख़्वाबों में तुझको सँवारा है
جزبوں میں اپنے اتارا ہے
जज़्बों में अपने उतारा है
میری یہ آنکھیں جدھر دیکھیں
मेरी ये आँखें जिधर देखें
تیرا ہی چہرہ نظارہ ہے
तेरा ही चेहरा नज़ारा है
(*×4)


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※ちなみに原曲の“Tamally Ma'ak”の歌詞&日本語訳については、Egy Walker エジウォーカーというサイトで紹介されています。
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by ek-japani | 2005-06-09 11:50 | 音楽
大久保の富士ストア
以前からチョクチョク買い物に行くことが多い大久保のハラール(हलाल حلال)食品店
(自分が知ってるだけでも3つぐらい店が密集している。激戦区?なのか?)

その中の一つにビルマ人ムスリムの若い夫婦の方々が経営している店がある。
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富士ストア(Fuji Store)
〒169-0073 新宿区百人町2-9-15 ライオンマンション2階
久しぶりに買い物に行ってみたら、店のHPが存在してた事を店の主人から聞いた。
しかもネット通販も始めたらしい。うむむ、なかなか現代的な事業展開の仕方である。
(そういえば以前からレジの奥でPCをいじってる姿をよく見かけた気もする・・・)

HPを見ると今年3月22日からネット販売を始めたようだ。今まで電車代を少し節約のため新宿駅から歩いて行っていたが、そんな事もせんで買い物できると思うと少し嬉しいような気も。
※でも送料無料にしてもらうには合計1万円以上(30Kg以下)の買い物をしなきゃならないし、合計1万円以下の金額の買い物なら送料800円(1箱)かかるようなので、やっぱり自分の家からだったら都心に出たついでに直接店に足を運んだが安上がりなのかも・・・。


それでも最近は家の近くにハラール食品店があると便利だろうなと思う。

このまえ大久保で冷凍の骨付きマトンを買ったら、家まで1時間以上かかるので着く頃には容赦なく自然解凍された肉から血がたくさん垂れていた。(もちろんビニールで梱包されてるので袋から血が漏れ出ることはないから、大丈夫といえばそうなのだが。)
時間がかかるのも何だが、バースマティー(बासमती باسمتی)の米袋などを買う時に運ぶのがさらにアレである。(そんなに頻繁に買うわけでもないし、買うとしてもせいぜい1Kgくらいの量だから大した事ないと思えばそれまでの話なんだが。)

既にひっそりとハラール食品店が近くで営業してないものか、自分が知らないうちに実は近所のマンションの1室とかで。今度駅前にあるインド料理屋の店員さんにでもちょっと尋ねてみようか・・・。
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by ek-japani | 2005-06-04 02:53 |
正書法が気になる・・・
たま~にインド人のヒンディー語マニア&ブログマニアなブロガー達のヒンディー語ブログを覗いたりするのだけど、そのマニアな世界に最近1人ネパールの人が加わったようだ。

その人はヒンディー語を学校で習ってきたわけでないので、ヒンディー語であっても文章の綴りかたにネパール語の影響が顕著に出ている。現在連邦政府の公用語に採用されているヒンディー語正書法とネパール語で採用されている表記の仕方の違いが、それを読んでいるといくつか気になってくる。(ついでに昔少しだけやったネパール語の授業も思い出す・・・。)

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まず最も気になるのが・・・
■鼻子音だけの音(日本語での「ん」に相当?)の表記には、鼻子音記号(ं)でなく半子音字を用いる、という特徴である。そういう表記の仕方を選ぶ人もけっこ~いるが、出版メディアなどを中心とする最近のヒンディー語表記法の傾向としては、基本的に鼻子音記号を使う事がほとんどである。
(個人的な感想だが、鼻音が半子音字で結合させて書いてあると少し古臭く見えてくる。しかも紙媒体で粗雑な印刷だと文字がつぶれて読みづらいことが多い。)
例:आन्दोलन, महाराजगञ्ज, हास्यव्यङ्ग्य

もう一つアレッと思うのが・・・
■外来語の[V]の音を表記するのに、半母音[व]ではなく両唇破裂音の有声帯気音[भ] を用いる事である。何でなのか少し謎だけど。
例:फेस्टिभल, एभरेस्ट

もう訂正したのか文章中には現在あまり見当たらないけど・・・
■後置詞を前の単語と繋げて表記する、事もたまにあった。
例:पुत्रोंको
ヒンディー語でも後置詞の前に代名詞が来る場合だけ繋げて表記するが、(たしか?)ネパール語では区別なく普通名詞でも繋げて表記するからなのか。

※以下の特徴は正書法の違いというよりも、ネパール語の音韻構造の影響によると思う。
・長母音のはずが短母音に
例:हुं, लुँ, जुलुस, सिखना
・半母音[व]のはずが両唇破裂音の無声無気音[ब]に
例:सोमबार
・摩擦音の口蓋音[श]のはずが歯音[स]に
例:कोसिस, सुरु

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そういえばウルドゥー語を読み始めた時もヒンディー語の正書法と違う点がいくつかあって、それが気になった。

例えば前述の代名詞+後置詞の場合でも、基本的には途中で区切って表記するのが現在は一般的なようだ。

もう一つすご~く気になった例が、動詞の未来形の表記。
自分がヒンディー語を学習した時は、先に動詞未来形=“動詞語幹+未来形の語尾”であると習い、その後で未来形の語尾《- गा, - गी, - गे》を外した形が不確定未来形だと習った。
しかしウルドゥー語では未来形の語尾《گے، - گی، - گا - 》 を区切って書くので、動詞未来形=《不確定未来形+未来形(=確定or意思)の語尾》というふうに見えてくる。
※ちなみにアラビア文字で表記するのと同じように離して書く人が多いので、たとえローマナイズされていても動詞未来形のところでウルドゥー語だなぁとしみじみ思うことが多い。

そういえば2人称代名詞‘आप / آپ ’ に対応する依頼形の語尾《- इएगा / ‎ئےگا -》 の構造も、命令形の語尾《- इए / ‎ئے -》 に (対応する代名詞は複数にも関わらず男性・単数の)未来形語尾《- गा / گا -》 と同じもの(なのかな?)が付け加わえられた形だ。
いまさら気がついた感じだが、何か関係があるのかなぁ・・・気になる。


※とりあえず文法用語は差し当たり手元にあった『エクスプレス ヒンディー語』(白水社)に準拠。
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by ek-japani | 2005-06-03 02:39 | 言語