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断食の後にケンタッキー・・・
とりあえず季節ネタとして、こんなの見つけた・・・。

パーキスターンのケンタッキーフライドチキンでは、断食月のラマザーン(もとのアラビア語の音に近くカナ表記するなら“ラマーン”)にかこつけて、こんなセットまで組んでるらしい。


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All You Can Eat

Rs. 350 /-
(Inclusive of all taxes)

Only at Iftar!
*From Iftar till 7:30 p.m. & Dine-in-only
(Zinger, Chicken, Fries, Drinks & Arabian Rice)

個人的に気になるのが“Zinger” Burger。
・・・ってこれ、具体的に何バーガーなのだろうか?


まぁラマザーン期間中は食事(特に晩飯)も豪勢になるし、こういう期間限定セット自体は別に珍しくも無いんだろうけど・・・。ケンタッキーというとこに何か違和感が・・・。

だって、ケンタッキーに行くような層の人々って、みんなちゃんと日中断食しとるんかい??
もしや中には断食しとらん客が(大多数?)いるのを見越して、あえて“イフタールセット”みたいな名前はつけなかったのかな???


ちなみに↓は最近知り合いや家族にきかれる事があったので、ついでに3連発でちなんでおきます。

※ちなみに“Iftar”(افطار イフタール)とは、イスラーム太陰暦(ヒジュラ هِجرة 暦)第9月のラマザーン رمضان 月の期間に毎日行われる日中の断食( روزہ ウルドゥー読みではローザー/ペルシア語読みではルーゼ、アラビア語では صوم サウム、もしくは صیام スィヤーム、など地域によりいろいろ)を終えて、最初(一日は日没から始まるので)の食事を取る事をさす。

※さらにちなむと、その時に取る食事をウルドゥー語やペルシア語では افطاری (イフターリー/エフターリー)、早朝日の出前の未だ暗い時間 سحر に取る食事を سحری (セへリー/サフリー)。
アラビア語では語根活用?させて、それぞれ فطور (ファトゥール)と سحور (スフール)というらしい。

※さらに(×2)ちなむと、一日の断食が日中行われる時間は厳密には日の出~日没ではなく、日の出よりさらに前の未だうす暗~い時刻に、白い糸と黒い糸がかっきり見分けられる程度明るくなってから開始して、日が暮れた後もう少し時間が経って同じように白い糸と黒い糸が見分けられなくなるほど十分に暗くなってから終了である。
根拠となっているのは聖典クルアーン قرآن 、雌牛章 سورة البقرة の第187節、この部分らしい。
((また自糸と黒糸の見分けられる黎明になるまで食べて飲め。その後は日暮れまで斎戒を全うしなさい。))
 (日本語注訳部分は『日亜対訳注解聖クラーン』/発行;日本ムスリム協会、より)
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by ek-japani | 2005-10-26 06:32 |
“パキスタン”地震?
今月の7日にあちらで起きた地震・・・。

これについて言及する際、自分が新聞やNHKなどで目にする限りでは、「パキスタン(大)地震」が近頃一番多く使われる名称となってきたような気がする。

「パキスタン北部(大)地震」や「インド・パキスタン(大)地震」というのも見かけるが、やはり記事の見出しなんかで使われるのは短く「パキスタン地震」。

他にも震源地から名づけたと思われる「カシミール地震」(個人的には「カシュミール」としたい)というのもある。
あと海外の報道メディアや国際機関(とりあえず確認した限りではBBCCNNとかUNICEFなど)の、特に英語による記述では「South Asia Earthquake」が使われる場合が多いのか、それらから翻訳・引用された記事では「南アジア地震」というのも見かける。

こんな一大事だっちゅうのにたかが地震の名前ごときで何を暇な事のたまっとるんじゃーッッッ、と思えばそれまでの話なんだが、ハイ。
・・・だけどそれが何となく気になる~っていう話、今回は。


とりあえず整理してみると・・・
 ①「パキスタン地震」:震源もあり、一番被害が大きく報告されている国として。
 ②「カシミール地震」:震源地であり、実行支配線で分断された双方に被害地があるため。
 ③「南アジア地震」:規模が大きく被害地域がアフガーニスターンやインド(カシュミール以外にもパンジャーブなど)にも渡るため。(考えとしては「インド・パキスタン地震」も同様。だけど後で検索かける際に①とごっちゃになる都合で割愛。)

・・・・というふうに分類してみた。

次にこの三種類の名称がそれぞれどれだけ多く使用されてるのかを調べるため、Google検索にかけてヒットする件数(10月25日現在)を基準に見てみると・・・
 ①約 1,610,000 件
 ②約 144 件
 ③約 762 件 (例外的に「南アジア大地震」の方が多くヒット;約 1,340 件

やっぱり自分が感じたとおり、①「パキスタン地震」がダントツ多いのかな~。

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・・・とそんな事してる最中に、ウィキペディアの記事ではタイトルに「パキスタン地震」を採用している(記事中に補足で「カシミール地震」と記載。)のを発見。

その横にあるリンクから他の言語のウィキペディア内の同じトピックの記事に行けるので、そこでの記事タイトルに採用されている各言語での名称(記事中に補足で記載されている別の名称はとりあえず割愛)も分類してみると・・・
※これらの名称がそれぞれの言語の使用地域のマスメディアで、どれだけの割合で用いられているか不明だが、ウィキペディアの記事タイトルに採用されているという事である程度の目安にはなると思う。

 ①日本語:「パキスタン地震」
  トルコ語:「8 Ekim 2005 Pakistan Depremi
  中国語:簡体字表記「2005年克什米尔大地震」
       繁体字表記「2005年克什米爾大地震」

 ②ドイツ語:「Erdbeben in Kaschmir 2005」
  英語:「2005 Kashmir earthquake」
  スペイン語:「Terremoto de Cachemira de 2005」
  ヘブライ語:「רעידת האדמה בקשמיר 2005」
  オランダ語:「Aardbeving Kasjmir 2005」
  ポーランド語:「Trzęsienie ziemi w Kaszmirze 8 października 2005」
  セルビア語:「Потрес у Кашмиру 2005」
  ウクライナ語:「Землетрус в Кашмірі (2005)」

 ③フィンランド語:「Etelä-Aasian vuoden 2005 maanjäristys」
  インドネシア語:「Gempa bumi Asia Selatan 2005」
  韓国語:「2005년 남아시아 지진」

 ○それ以外
  フランス語:「Tremblement de terre du 8 octobre 2005」
  イタリア語:「Terremoto nel subcontinente indiano dell'8 ottobre 2005」


おまけで韓国語、中国語(簡体字・繁体字それぞれ)でGoogle検索のヒット数(10月25日現在)も見てみた・・・。
※同じ2バイト文字(ローマ字やアラビア文字は1バイト)を使用するので、検索結果から対象外のヒット(単語を分かち書きする場合に「○○○」と「地震」が同一ページで別々になってる場合)を比較的排除できるかなぁ、と思ってたけど↓下の※に書いたとおり結果そうでも無かった。
あんまり意味ない気もしてきたけど、既に検索してしまったのでとりあえず掲載・・・。

☆韓国語
 ①약 21,400개
 ②약 160,000개
 ③약 26,300개
※韓国語のハングル表記の慣例なのか、「○○○」と「地震」を分けたほうが多くヒットする場合もあり、実際に確認しても分かち書きしてる事がほとんどのようなので、三つとも間にスペース入れて検索した。一つの名称としてでは無く、同じページの別々の箇所にある場合もヒットしてしまう事はしょうがないとして。
(日本語での検索のシステムと違うのか、分けても分けなくても同じ事が起きるようだ。)

☆中国語(簡体字 / 繁体字)
 ①约有1,170,000项 / 約有1,190,000項
 ②约有192,000项 / 約有237,000項
(繁体字では別表記??の「喀什米爾地震」も含まれる。)
 ③约有1,450,000项 / 約有1,460,000項
※中国語の検索では、間にスペース入れずに検索した。その方が一つの名称として多くヒットはするけど、それでも同一ページ上で別の箇所にある場合も含まれてしまう。
(検索のシステムが日本語の場合とやはり少し違うのだろうか??)

=======

・・・な~んて、しょうもない検索ケンサクなぞしてたら途中無駄に長くなってしまったけど、そろそろ本題に。

学術的な目的では震源のあった地域の名称を基準にする方が都合がいいのだろうけど、被害地域の全体を的確に反映させる必要があるならば、「○○○地震」の「○○○」部分の名称にはいろいろ気を回さなきゃならないと思う。今回のように被害を受けた地域が国境(カシュミールの場合は実効支配線)を越えて広がっている場合なんかは特に、である。
※昨年12月の大地震も同様に、震源からいけば「スマトラ島沖地震」だけど、被害地域が広範に渡る事から「インド洋地震」、もしくは被害の直接原因も明確にするため「インド洋津波地震」というように、いくつか名称が分かれている。

もしもある名称が指す地理概念が国境を越えて適用されないとしたら、被害地域の一部をすっぽり排除してしまう可能性もありうる。(それがそのまま人々の関心からすっぽり脱落、という事に即つながるわけでもないだろうけど。)


また今回みたいに歴史に残りそうな大地震が起きた場合、その名称(日本語で「○○○地震」と言う場合の、○○○部分)が定まってくるのはある程度時間が経過してからになるだろう。マスメディアの発達によって情報がかつて無い規模で広まり、共有されるようになった現代では、名称が確立されるまでのこの過程において、TVニュースや新聞で採用される名称(特に記事見出しなどで繰り返し多用される簡略化された通称)がけっこ~重要だと思う。

報道において用いられる名称が、その情報を受け取る人々にとってはその地震に関する一連の出来事を印象付け、漠然としたイメージを思い起こさせる記号としての役割を果たすからである。(もちろんこれは「○○○地震」の名称で言及される場合に限らず、「被災地の△△△」とか「被害が最も大きい□□□」というふうに繰り返し出てくる場合にも同じだろう。)

(話が横道にそれるが、いつから「ムザファラバード」がこんなに多くなってしまった~?春先にバス路線開通の時は少なくとも「ムザッファラバード」ってのが多かったような気がするけど・・・??まぁ個人的には“ムザッファラーバード”(मुज़फ़्फ़राबाद مظفر آباد)と表記したい。)

このようにあちこちで言及される「○○○地震」の「○○○」の中身で何が変わってくるのかと言うと、その名称によって喚起される人々の注目の度合いに地域差が出てくる、さらには具体的に援助や寄付金の集まり具合という形で反映される、なんて事が多少なりとも起きるんではないかと思う。(見出しではともかく、記事本文で被害地域の広がりについて説明が補足されるから大した程度でもないかもしれんけど。)

交通網の被害による遠隔地へのアクセス事情悪化とか、物資受け入れ側の対応が追いつかなかったりとか、支援団体の連携不足だったりとか、災害の現場で起こりうる援助の地域差についてはとりあえず別の話として。
(もちろん国の枠組みを越えて活動する国際機関やNGO組織などによって、それぞれの元に各自で援助物資や寄付金を集めて一元化し、そこから被災地の現場にバランスを考慮して分配するべく努力がなされ、またそれが実際に行われてもいるのだろうけど。)


・・・で、ここで結論として何が主張したいのか?

・・・と言われても、実は特に何も無いのである・・・。うへ。

とりあえず①「パキスタン地震」とした場合に、インド側の被害地域ジャンムー・カシュミール州のことは言うまでもなく、アーザード・ジャンムー・カシュミール आज़ाद जम्मू कश्मीर آزاد جموں و کشمیر (略称?略号?“AJK”)が名目上は一応独立した*「国家」である事なんかはどうするの~???というツッコミは置いといて、まぁ他の2つにも範囲設定が②狭すぎだったり、③広すぎだったりな感じもするので、いずれの名称にせよ一長一短があると思う。

特にカシュミールはその実質上の国境からして、“あくまで一時的な停戦ライン(Line of Control/略称“LoC”:管理ライン)である”な~んて少し長々と説明付けないといけない気分にさせられるような、ややこしい土地なので①や②の名称にまつわる政治性もややこしい。そこらへんのややこしさは、外務省HP:「パキスタン等における地震」(別の箇所では「パキスタン等大地震」も)における“等”の一文字あたりによく表れていると思う。

*ちなみに恥ずかしながら、最近までこの事に関して自分も無知蒙昧な輩の1人でした~。
 参照→Koidelahore氏の『Lahore Diary』
AJKは実質的にパキスタン一部だが、形式上は別個の「国家」ということになっている。独自の大統領、政府、制憲議会まである。
  (10月10日分記事“パキスタン北部地震 甚大な被害”より引用)


それに今ところとりあえず自分には他にもっと妥当な名称は思いつかないしな~、何かあるのかも知れないけど・・・。

(・・・・とまぁ、こんな感じで「パキスタン地震」という名称についてあれこれと気にはなるんだけど・・・、長々と書いた割には煮え切らない最後ですいませぬ~。)

※10月28日追記:下のコメント欄↓に書いた理由から、“Line of Control”の訳語を変更しました。(「実効支配線」→「管理ライン」)
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by ek-japani | 2005-10-25 15:55 | 考察
サーニヤー・ミルザーの鼻ピアス
先週の夕刊にサーニヤー・ミルザー सानिया मिर्ज़ा ثانیہ مرزا のこんな記事が・・・。

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  “女子テニス界にインドの「新星」”
東京新聞:2005年10月14日(金)の夕刊、3面スポーツ欄より
(記事を拡大するにはここをクリック)
→表示されなければアドレスバーに直接URL(http://photos1.blogger.com/blogger/6447/715/1600/shinbun BIG.jpg)を貼って移動してみて下さい。

サーニヤーがテニスの世界に足を踏み入れたきっかけから、WTAツアーで現在のランキング大躍進(10月10日現在で31位)の活躍までの経歴と、彼女のプレースタイルの持ち味について簡単に紹介している。
インドマニアの人々の間だけでなく、今回のジャパン・オープンでのベスト4に残る活躍によって、一般のテニスファンなどにも認知されてきたようだ。もう日本の新聞に載ったのだったら、これからさらに日本でも有名になるだろうと思う。


・・・で、今回の紹介した記事自体はサーニヤーを紹介してくれて嬉しいのだけれど、ちょっと気になったのが最後の方に書いてあるこの一文。
イスラム教徒ではあるが、左の鼻の穴にピアスをするなど自己主張は強烈。
なんで気になるのかというと、この記事を書いた人(おそらく配信元の共同通信社の記者さん)の個人的な先入観(というか日本国内で一般的な認識?)のようなものが、この一文において突然前面に出てきた印象を受けたからである。


具体的には、「イスラム教徒」と「自己主張」、そして「鼻の穴にピアス」と「自己主張」、これらの関わりについて。

まず前者について。
「イスラム教徒」の後には、「ではあるが」と続いている。またここでの「自己主張」は前に「ピアスをするなど」が並列されてるので、服装などにおける外面的な「自己主張」であると考えられる。
つまりこの記事の書き手が読者の間で理解されるだろうと想定している文脈においては、「イスラム教徒」は一般的に「自己主張」(=着飾ること)と結びつき難いものである、という事が読み取れる。この場合は特にサーニヤーが女性なので、・・・“頭からつま先まで黒い布でスッポリ覆われてるような”(ってのは既に少し古い極端なイメージかもしれないけど)イスラム教徒の女性は一般的に教義にかなった服装を強制され、ファッションの自由とそれによる「自己主張」の権利があまり無い・・・、みたいなイメージが前提として存在している感じがした(というのは読み違い?自分が気にし過ぎなのだろうか?)。

次に後者について。
「ピアスをするなど」と書かれていて、特にピアスが書き手にとっては「自己主張」(上記の通り、ほぼ=ファッション)であり、またその「自己主張」(=ファッション)が「イスラム教徒」(の女性、これも上記の通り)にしては「強烈」であるとして印象に残ったようだ。
ピアスが「強烈」な「自己主張」として捉えられるのは、ピアッシングの習慣が近年まで(おそらく)無かった日本での一般的な認識としてはわかる気がする。しかしインド(の全土や全てのコミュ二ティーの慣習に当てはまるわけではないだろうけど)では鼻にピアスをしている女性は老いも若きもそんなに珍しく無い気がするけど・・・。
サーニヤーの鼻ピアスが慣習的な身だしなみとして着けてるのか、はたまた単にかわいいと思うから個人的に着けたくて着けてるのか、これについては判らない(まぁその両方ってのが一番ありえるけど)。
少なくとも、身に着ける本人が「自己主張」のため個人的な嗜好に基づいて身に着ける事を選ぶ、という現代的なファッションの文脈だけで考えるのは誤解につながると思う。
(伝統的には女性の装飾品は持ち歩く財産だったり魔除けだったり、所属する社会集団を明示するものだったりという側面もあるので。)

・・・と理屈っぽく長々と書く話題でもないので、もうやめとこうかと。


c0072728_1482456.jpgたしかにハイダラーバードのムスリム家庭出身のサーニヤーに対して、一部のイスラーム法学者からは、プレー中の服装何とかせんかい!脚とか腕とか肌を晒すのはやめんかい!みたいな半分無茶苦茶なファトワー فتوى/فتوا が出された事もあるようだけど、鼻のピアスが問題になったという話は聞かない。

このまえ『India Today』でサーニヤー特集の記事を読んだ時も、あくまで鼻ピアスは彼女のトレードマーク的に目立つものではあるが、それ以上でもそれ以下でも無いような扱いだった。
むしろ「自己主張」として取り上げられていたのは、試合後の記者会見の場でよく着て現れる、胸にメッセージが書かれたT‐シャツだった。(オマケとして下に加えときます。)

とにかく「自己主張」(=ファッション)も、ところ変われば・・・みたいな感じで、そう認識されるモノもそれが置かれる文脈も変わってくるんですなぁ、と思った。

・・・ところで苗字のミルザーって、もとはイランやムガル朝での王子や貴族とかの称号らしいけど、最近アルバイトで扱っているペルシア語書籍に出てくる人名では“ミールザー میرزا ”なのだけど・・・?
ハイバル峠 ख़ैबर दर्रा درہ خیبر を越えたら少し音が変わってしまったのかな??


※おまけ・・・、初期の軽度Sania Mania 向け情報
(『इंडिया टुडे』;9月21日号の特集記事“नए सितारे की सनसनी”より)

○基本データ
・身長: 5 feet 7.5 inch (1m53cm)
・体重: 59kg

・お気に入りの選手: シュテフィー・グラフ Steffi Graf
・お気に入りの車: ホンダ・シティー
・携帯の機種: Sony Ericsson P910
・お気に入りの映画スター: アビシェーク・バッチャン अभिषेक बच्चन
・お気に入りの音楽: Hip-Hop、EMIN∃M

(身長の割りにはがっちりとしているのがわかる、フォアハンドやバックハンドが強力なわけだ。しかし記事の中では“体重を落とす&フットワーク強化”が今後の課題の一つとして挙げられていた。携帯と車に関してはスポンサーへのサーヴィス??かと疑いたくなるけど??ホントなんかな・・・。)


○上に書いたT-シャツのメッセージ

“Don't get in my way” (シャラポワと対戦後の記者会見で着用)
“Well-behaved girls don't make history” (ウィンブルドンの記者会見で着用)

※以下はいつ着てたのか不明(記事の写真より)
“I'm Cute? no shit..”
“WHATEVER”
“YOU CAN EITHER AGREE WITH ME OR BE WRONG”


○サーニヤーの広告出演料の相場
現在1.5カロール(1500万)ルピーでラーフル・ドラヴィル राहुल द्रविड़ と並び、スポーツ選手としては第2位になったそうな。
(ちなみに第1位はサチン・テーンドゥルカル सचिन तेंडुलकर のRs.3カロール、やっぱりまだまだ人気は健在なのね。)


※その他サーニヤー情報

○『TIME』 アジア版;2005年10月10日号の特集記事
  “Asia’s Heroes 2005”(サーニヤーも選ばれた)より

サーニヤー・ミルザーの公式サイト
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by ek-japani | 2005-10-20 02:02 | ニュースより
Brastel Smart Phonecard
国際電話会社“ブラステル(Brastel)”のサイトを偶然見つけた。

多言語対応サイトなところに容赦なく心惹かれる。うひょ~。

例えば・・・。
日本語
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24時間均一おトクな国際電話料金

ヒンディー語
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लाभदायक और २४ घंटे समान दरों मे अंतरर्राष्ट्रीय कॉल्स
※おそらく入力ミス
× मे → ○ में
× अंतरर्राष्ट्रीय → ○ अंतरराष्ट्रीय もしくは अंतर्राष्ट्रीय


こんな感じに各言語ごとのページで、国際電話カードの使用法(料金払い込みや電話のかけ方など)がいろいろと説明されている。


電話をかける先の地域別通話料金の善し悪しとかはわからんけど、ともかく多言語サポートで在住外国人の顧客を幅広く獲得していこうという方針なのだろう。
いままでハラール食品店で買い物した時に貰う黄色いビニール袋とか、あちこちのレストランに置いてある電話カードのパックとかで存在を知っていたけど・・・。池袋駅のとこにも割と大きな宣伝を以前見かけたし、やはり着実に販売規模を伸ばしてるのかな。

もし国際電話かけたいけど、家に固定の電話は無いし、携帯からは後で料金請求見るのが怖いし、近くには国際通話OKの公衆電話も無いし、ってな場合なんか良いのかな??
何となく国内通話の料金も全て込み(携帯でも固定でも)ってのが良さそうな感じがした。
まぁ自分は使った事無いし、これからそうそう使う事も無いと思うので何とも言えないけど・・・。
(というか自分も含めて、大多数のネイティヴ日本人にはあまり縁が無い品なんだろうな~、とりあえず今の所は。)
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by ek-japani | 2005-10-16 08:01 | 言語
“IndiaTodayImages.com”
最近こんなサイトc0072728_011356.gifを発見。

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グーグルのイメージ検索も便利だけど、インドの写真が豊富なのでこっちもなかなか良いのでは。
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インド関連の人名や地名など適当に思いついたキーワードをローマ字検索にかければ、今までインディア・トゥデイ誌が蓄えてきた豊富な写真データベースから、検索した単語に関連するサンプル画像がいろいろと無料で閲覧できる。

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時に貴重な瞬間を捕らえた写真や時に日常のさりげない光景を収めた写真などを、ほぇ~と暇つぶしに眺めるくらいの用途なら十分楽しめるのではないかと・・・。
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by ek-japani | 2005-10-14 01:34 | 写真
世田谷美術館 “宮殿とモスクの至宝”展
この前急に暇ができたので、アラビア語マニアの友人を突然誘ってこんな催しものに行ってみた・・・。

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『宮殿とモスクの至宝 イスラム美術展 V&A美術館所蔵』
(Palace and Mosque : Islamic Art from the Victoria and Albert Museum)


ロンドンにあるヴィクトリア&アルバート美術館がおおもとの企画・所蔵品貸出行っているとの事。
現在は砧公園内に位置する世田谷美術館で開催されている。


展示品の地域・時代は、主にマムルーク مملوك 朝オスマン عثمان 朝のものを中心に、そのほかにもイランのサファヴィー صفوی 朝ガージャール قاجار 朝のもの、大航海時代のヨーロッパ、特にイタリアのヴェネツィアやスペインのレコンキスタ後の時期のものなど。

品目としては、展示会のタイトルのように華麗な装飾の施された王宮の生活用品(水差し、ランプ、陶磁器)や装飾品(絨毯、肖像画、壁面のタイル)、そしてモスクなど宗教の文脈に関わるもの(クルアーン قرآن 、天体観測儀、マスジド مسجد 内部の装飾の一部;壁面のタイルなど)に分類できる。
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とくに、マスジドのなかでキブラ قبلة の方向にあるミフラーブ محراب/مهراب (写真;←左)とその右横に通常(美術館の中では別々)配置されているミンバル منبر (写真;右→)が、どうやって運んできたの?しかもどうやって館内に入れたの??ってな感じの大きさのが展示されていた。

うひょっ、デカいぞっ。

c0072728_931514.jpgこの前代々木のモスクに行ったときのように、ついつい装飾品にあしらわれたクルアーンの一節とかを読んでみようとマジマジ見るも、線が入り組みすぎて判別するのはやはり無理だわな・・・。

そのあとでイランの叙事詩『ホスローとシーリーン خسرو و شیرین』の絵巻物(写真;右→ 『ホスローとライオン』)を見た時、書いてあったペルシアの書体が何故か少し懐かしく??見えた気がした。
(まぁ文字は追えても、いずれにせよ読み&内容がわからんので同じ事だが・・・。)


それにしても・・・。
最近「イスラーム」が流行、というか何というか・・・。こんな展覧会が開かれて、連休に若者から熟年層まで多くの観客を集めるのに成功している光景を実際に目の当たりにすると、近頃は「イスラーム」と名のつくもの対する関心が、それまで関心を持たなかった人々にまで確実に広がってきているのだなぁと思ってしまう。
(それがどの位増大したか、とか、どれ程その関心の対象が理解されているか、とかいう話はさておき、少なくともこういう展覧会がやってたら、「あっ、ちょっと行ってみよっと。」ってなるレベルでの関心に限って。)

会場内にあった説明文でも、漠然と「イスラーム」に対して広がってきたそのような関心を、今度は一歩踏み込んだ理解につなげ深めていこうという努力がちらほら垣間見える。
なかでも、いくつかイスラームに関するモノ・人名などの名称やそのカタカナ表記が、最近の流れに沿った感じで書かれているのが目に付いた。
具体的には“預言者ムハンマド(マホメット)”とか“聖典コーラン(原音クルアーン)”、“聖地メッカ(原音マッカ)”てな感じ。あと“スルタン(アラビア語ではスルターン)”ってのもあった。
(個人的には“ムスリム(信徒)”、ってのがビックリ。「クリスチャン=キリスト教徒」ほどでないにしても、名称としてけっこう知れ渡ってるもんかと思ってたので・・・。実際のとこどうなんだろう??)


展示されている品々の地域が、(あえて乱暴ながら民族概念と地域概念を結びつけて言えば)アラブ・イラン・トルコにほとんど集約されているのも気になった。
東は現在の南アジアや東南アジア、中央アジア、そして西はアフリカまでの至るところで、さまざまなイスラーム王権が隆盛したなかで、それぞれの地域固有の要素とイスラームの要素が融合した、より幅広い種類の“宮殿とモスクの至宝”が存在する(はず)なのに、上記の地域のモノに限定されてしまっているのを「イスラーム美術展」とするのにはいささか抵抗を自分は感じる。

もちろんこれらの地域がイスラーム発祥期からその中心、およびその近隣地域であり、イスラーム興隆の歴史においてそれらの王朝が果たした役割も大きく、さらにはヨーロッパでの歴史的な「イスラーム」表象においても、その主な対象となってきた地域ではある、などなど背景に横たわる理由は数多あるんだろうけど。
(それに企画の趣旨が「イスラームの多様性」なるものを紹介する事に置かれているわけではないし、「こりゃオリエンタリズム的本質主義にドタマ毒されとるんじゃ~、ボケぐぁ!」と無闇やたらに批判的につっこむのも的外れだとも思うけど、たしかに。)


それでも世間でまかり通っている「イスラーム=中東」という漠然としたイメージに組し過ぎてるのではないだろうか。
現在の日本において、一般の個々人が海外旅行や駐在、または日本国内で出会った外国人ムスリムなどの個別の窓口を通して実際に接する「イスラーム」の中には、地域的特異性としても実際に個々の信徒が信仰している姿としても、その多様性を多分に含みこんでいると予想されるにも拘らず。

事実そのような先行イメージが祟ってか、展示の中のある部分で展示企画者の意図とは正反対の解釈で観客に見られている場面を、自分が会場にいた時に(展示のどこらへんだったかイマイチ記憶してないけど)一回目撃した。

2つ絨毯が並んでおり、片方はサファヴィー朝のもの、片方はムガル مغل 朝(展示品の説明には「ムガール」と記してあった、他のとこでアラビア語の単語の表記にはこだわっとるくせに、なんで「ムガール」なんじゃい!)のものだった。そして展示の説明書きには地域区分としてそれぞれイラン、インドと記されていた。これをちょうど見てた時に自分が立ってる斜め右後ろ側で、ある熟年の婦人が連れ沿っている旦那にぼそっと一言、「ほらっ、これ、イスラムとインドを比べてんだって・・・」と。「イランとインドを・・・」ではなく。

自分が説明書きから理解した限りでは、同時代に地域的にも近隣した2つのイスラーム王朝のもとでそれぞれ作られた絨毯の紋様のパターンやモチーフのなかに、サ朝→ム朝で影響を受けたものも見受けられるが、後の時代ではム朝→サ朝でも影響を受けるようになった、というような観点での対比がこれらの展示品の意図であったと思う。決して「イスラーム/○○○○(イスラーム以外の何か)」(この場合例の婦人がおそらく想定していたのは「イスラーム/ヒンドゥー教、もしくは仏教(の国インド)」)の対比という構図での並び合わせではなかったと思う。

・・・こういう何気ないところで日本のおばちゃんにまで刷り込まれている認識の枠組みが、ひいてはインドのコミュナリズム問題を根深いものにしているのだろう・・・、ってのは話が飛躍し過ぎだろうか。
(自分でもまとめきれん話になってきたので、もうここらへんで・・・。)


・・・行ってみようという人にとりあえずご忠告、砧公園は世田谷区なのに意外と行きにくい(バスがなかなか来ない!&バス停少し遠い!)と思った。
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by ek-japani | 2005-10-11 09:10 | 考察
“Falafel Garden”
先日京都に行ったとき、偶然こんなお店を発見したので報告。


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Falafel Garden
ファラーフェル ガーデン

京都市左京区田中下柳町3-16

※出町柳駅(叡山鉄道)の改札前から、百万遍の交差点へ抜ける小道を少し入って行き、田中郵便局&サンクスが見えたら道を挟んだはす向かいにある。

ピタパンを使った中東風ファーストフードといえば、東京のほうではワゴン屋台の活躍もあって、圧倒的にドネルケバブ Döner Kabap が幅を利かせているけど、(自分が知る限り)ファラーフェルは珍しい気がする。

お店は古い町屋の作りで細長く、奥には中庭(料理用のハーブも栽培してるようだ。)があって、なかなか開放感ある雰囲気。
働いてるのはイスラエリーのお兄さん2人、厨房仕切ってる方の人にイスラエル מדינת ישראל دولة إسرائيل のどこか出身を尋ねたら、単に「キブツ」とだけ。もはやそれ以上は尋ねなかったけど、それ地名ちゃうやんけ~???じゃあどこら辺にあるキブツ קיבוץ で育ったのかな~??と疑問が残った。

始めて1年くらい経ってるという事で、けっこうランチ時にお客も来てたし、けっこう店の経営も軌道に乗ってるようだ。京都大学の近くでこういうの好きそうな学生も多いだろうし、東山地区は京都市で一番外国人居住者が多いそうなので、立地が繁華街では無くてもやっていけてるわけなのかな。


○1回目はファラーフェルとホンムスのピタサンドを、それぞれ一個づつテイクアウトした。

ファラーフェル פלאפל فلافل (エジプトではターメイヤ طعمية と言うそうな)は、ヒヨコ豆かソラ豆を潰して丸めて、油で揚げた料理。(何か調べたら起源はインド亜大陸と書いてあったのでビックリ。) 食べるのは初めてだけど、けっこう食べがいがあっておいしい。ホンムス חומוס حمّص も家で作ったのよりかおいしい気がした。やはりピタパン פיתה خبز と一緒なのが一番合うのかなぁ。
ドネルケバブと違って肉は使ってないので、食べた後もそんなに胃にドシっとこないと思う。


○2回目はランチセット(キッシュとライス・サラダ・コーヒー)をお店で食べた。

ランチのセットで食べたキッシュ quiche קישואים (イスラエルではパシュティダー “pashtida פשטידת ” とも言うみたいだけど、ヘブライ語?それともイディッシュ語とかなんかな?)、その日はブロッコリー入りのでけっこーおいしかった。ライスも玄米入りで健康的な感じを醸し出していた。ランチのセットではキッシュの代わりにチキンの料理も選べる。乳製品(この場合キッシュで使うクリーム)と肉類を一緒に食べないユダヤ教 יהדות のカシュルート כשרות (食事規定)に従うと、両方一緒に食べるのは駄目だけど。(まぁもともと厨房が一緒なので、厳格なコーシェル כשר では無いんだろうなぁ・・・。)

ただ値段(850¥)のわりには・・・、という気もしたので、やはりピタパンサンドを食べるのが無難なのかも。それなりにバランスよく食事できて、まぁおいしいんだけど。


おまけに・・・、ネットで調べてる最中に発見したのが↓このプログラム、イスラエルのゲームマニアな若者3人が作成したらしい。まぁ暇つぶしにどうぞ。


プレイヤーの自分がファラーフェル屋になり、客を待たせず怒らせず素早くピタパンに中身をトッピングし渡していくというゲーム。しょうもない~っと思いつつ30分くらい熱中してしまった。
ハエが出てきたり、容赦なく辛抱のないお兄さんとかが来たりして、なんかコミカルだが現実の店もこんな毎日なのかなぁと思わせられた・・・。
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by ek-japani | 2005-10-05 07:15 |
アドナーン・サミーって・・・
最近はこのCDがお気に入りでしょっちゅう聴いてる。(・・・すぐ飽きるだろうけど。)


c0072728_13312840.jpg『Teri Kasam』 Adnan Sami
    (販売:T-Series、Rs.125)

 1. Kasam
 2. Mahiya
 3. Kabhi Aisa Lagay
 4. Pal Do Pal
 5. Chand Nikla
 6. Tauba!
 7. Poocho...
 8. Best Friend!
 9. Kasam (Unplugged)

アドナーン サミー (ハーン) अदनान समी ख़ान عدنان سمیع خان はパーキスターン出身の両親の元イギリスで育ち、小さい頃は天才ピアノ少年としてBBCにも取材されたらしい。最近はインドを拠点に歌手・作曲家・ピアノ奏者などの幅広い音楽活動を繰り広げているアーティストである。

昨年2004年発売のこのアルバムでは、1曲目の“Kasam क़सम قسم ”がまさにそんな感じの曲。最初にギターの旋律から始まり、次にお決まりのごとくタブラー तबला طبلہ がリズムを刻んでゆき、そしてヴァイオリンなどオーケストラやバーンスリー बाँसुरी بانسری (笛)が絡んできて情感を徐々に高めている。
歌詞のほうでは、曲名の“Kasam”(誓い)が、「月夜」「夢」「祈り」の誓いの順で、愛する人への語りかけ風に歌い上げられている。


c0072728_13285338.jpgインドに初めて行った時にちょうど流行ってた前作『Tera Chehra』(『お前の顔 तेरा चेहरा تیرا چہرہ』)のテープを、ありがたくも偶然列車で知り合った少年に貰ってからというもの、とても深みのある良い声が気にいっている。

(ちなみに『Tera Chehra』のジャケットは2種類、自分がテープで持ってるのと同じ写真;←左のバージョン、あと写真;右下↓のアミターブ・バッチャン अमिताभ बच्चन امتابھ بچن と共演のバージョンがある。)
c0072728_1329337.jpg

・・・しかし気になるのは、・・・なんといっても本人のヴィジュアル!

やはり自分の身体全体が楽器である歌手は、ある程度恰幅がよくないと声も本当に深みは出てこないとは思う・・・けど。それを改めてCDジャケットとかで見ると、しかも何とか顔のラインとかごまかそうとしてる視覚効果を見ると・・・、これはギャグ??狙ってる??と思ってしまうのは気のせいだろうか・・・。

さらにヴィデオクリップとか見てしまった日にはもう・・・、本人が巨体を揺らして踊ってたり!けっこー楽しそうに出演してる姿を思い出しては笑ってしまう。(それこそ“Tera Chehra”の歌詞の一節「テーラー チェへラー ジャブ ナザル アーエー・・・」みたいな。)そういうお茶目な面も、ヴィデオクリップにわざわざ出演しては本人が意図的にアピールしている気がする。けっこ~目立ちたがりなのだろうか、アドナーン・サミーって。


最近も、ある映画DVDの中でおまけの宣伝として、アーシャー・ボースレー आशा भोसले آشا بھوسلے と共演のアルバム*『Kabhi To Nazar Milao...』(『いつかはお互いを見つめて कभी तो नज़र मिलाओ کبھی تو نظر ملاؤ』)からの曲、“Lift Karadey लिफ़्ट करा दे لفٹ کرا دے”のヴィデオクリップの一部が入ってたのを見てしまい、かな~り長いこと笑いが止まらなかった。

*2000年にインドで発売される以前に、’97年にパーキスターンで『Badaltey Mausam』(『変わりゆく雰囲気 बदलते मौसम بدلتے موسم 』)として発売されたらしい。


まぁ何はともあれ、リズムに乗せたコミカルな曲から情念を込めて歌い上げるバラードまで、幅広い曲を歌いこなす実力がある。自分はアドナーン・サミーの楽曲に関しては後者のほうが好き、だけど・・・ヴィデオクリップを見てしまうとイメージが何か・・・。
やっぱり、アドナーン・サミーって・・・。
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by ek-japani | 2005-10-04 13:58 | 音楽
特別展“インド サリーの世界”
また用事で京都に行ってきたので、前回は未だ会期前で見れなかったコレをついでに見てきました。
(ちなみに会場内は撮影禁止なので、残念ながら写真は無し。これから見に行かれる人はご注意を。)

c0072728_9351032.jpg
国立民族学博物館 特別展示館内
(大阪府吹田市千里万博公園10-1)

2005年9月8日(木) ~ 12月6日(火)

その会場で購入した今回の特別展用の解説書、『装うインド-インド サリーの世界 』を帰ってから今日読んでみた。

インドの「民族衣装」として世界中で真っ先に挙げられる程有名なサリー साड़ी 。(個人的には「サーリー」としたいとこだけど、今回は特別展の題名に準る。)
このサリーがどのような歴史的過程を経て、とくに独立運動期に民族意識の高揚とそのための戦略との関わりあいで変化し、それによって現在のような“インド人女性”の「民族衣装」のイメージがどのようにして形成される事になったのか。そして地域・階層による幅広い多様性(サリーの布地の材質・色・紋様やその着方、さらにはサリー以外のシャルワール・カミーズとかも含めて)を元来内包していたインドの女性の被服文化が、どのような変化を現在に至るまで経てきて、さらに今も最新のデザイナーファッションや街中の流行の中でその変化が継続しているのか。・・・などなど興味深い話がたくさん。


まだ全部は読んでないのだけど、今回の企画の実行委員長である杉本良男 教授が冒頭のほうで書いた文章を読んで一気に興味深い感じになってきた。少し長いけど、以下はその文章からの抜粋。

 サリーに代表されるインドの衣装は、一般にはファッションでは無く民族衣装として扱われている。民族衣装というのは、ある民族に固有の伝統的な衣装を指すのであり、ファッションとしての時代性、流行性を持つものではないとされる。サリーは、インドの特定の地域、階層に古くから存在してはいたが、インド全体で見られるようになったのはここ100年あまりのことにすぎない。そのうえ、サリーにも流行があり、変化のスピードはここ10年ほどのあいだに急速に早まっている。その意味で、サリーにはファッション性があり、それゆえにまた、歴史性も政治性も深く関わってくるのである。
 一方、西インドに見られるスカート(ガーグラー、レーンガー)とブラウスの組み合わせや、広く若い女性が好む長い上衣とパンツを組み合わせたシャルワール・カミーズ(いわゆるパンジャービー・ドレス)などには、サリーとの大きな違いがある。それは、サリーが縫製されない一枚の布であるのに対して、ガーグラーやカミーズなどは布を裁ち補正されたものだという点である。そのさい、ヒンドゥー教においては、針を通さない布が浄性が高いためにサリーが好まれるという宗教的な理由が強調される。
 この「裁つ/裁たない」、「縫製する/縫製しない」という二項対立は、ことシャルワール・カミーズに関してとくに、「ヒンドゥー/非ヒンドゥー」さらには「ヒンドゥー/ムスリム」の対立に読み替えられることがある。そして、ヒンドゥーの古式の伝統に対して、外部から、裁つ、縫製する伝統がもたらされたという図式が、ときにヒンドゥー・ナショナリズムと結びついて、いたずらに対立をあおる結果にもなる。
 このように、インドの装いを、時の止まった民族衣装ではなく流行としてのファッションととらえることにより、その歴史性、政治性に深く思いをはせる事ができる。民族学・人類学からのファッション研究は、衣装を社会文化の全体像の中で理解するところに、従来の服飾史などとは異なる大きな特徴がある。

(解説書10~11P、「民族衣装とファッション」の項より)    


そうだったのか~!っと会場に行って初めて知った事もけっこ~あった。
例えば南インド・タミルナードゥの舞踊“バラタナーティヤム”の衣装、実はバラバラに縫われたそれぞれの部分を組み合わせてできてるらしい。どうりで激しい舞踏の動作でも崩れないわけだ。
あと地域ごとのサリーの特性(布地・紋様・着かた)も豊富な実物&解説でいくらか判るようになった気がする。


・・・と、こ難しい内容であるかのように書いた気がしてきたけど、実際にはもっと感覚的にすんなりと楽しめる展示だった。
さすがは民博、アカデミックな興味の人からインドマニア、ファッション好きやふらっと立ち寄ってみた人まで、幅広い層の人が楽しめるような展示のバランスのとり方がすごい。サリーの無料試着サービスとか会場にある漫画家グレゴリ青山氏のパネル(2階にあった子供向けパネルの“シャールクくん”には大笑いしてしまった、・・・すごい似てると思ったのは自分だけ?)とか、企画の随所に遊び心があるのも嬉しい。

そしてインドモードの最先端を行くデザイナーの作品が多数展示されてて、見てると思わずため息が出てくる。衣装の軽やかさを演出する優美なポーズでたたずむ顔無しマネキンを見てると、何となくインドの画家M.K.フセイン مقبول فدا حسین の絵を彷彿させる感じだ。

自分は無念にも閉館前1時間しか見れなかったけど、女性できらびやかなのモノが好きな人なら一日中うっとり~して過ごせるのでは、と短い時間ながら自分もうっと~り~しながら思った。
これは関西圏に住んでる方ならぜひとも行くべし!と推薦しときますよー。


*****
ちなみに既に行って見た人にはわかるだろうけど・・・。
2階に展示されてた、日本のファッションブランドが最近インドをフューチャーしてデザインしたアイテム。これらにあしらわれてたヒンディー語にツッコミをこっそり・・・。

○ “ZUCCa”のピンク色のタンクトップ → “ जुका ”

デーヴァナーガリー文字では「ズッカ」でなくて、実は「ジュカー」になっとるが~!?


○たくさんの細長い毛がたなびく茶色のバッグ → “ माफ करना मैं हिन्दी नहीं समता ”

繰り返し書いてあるのは、「許してね、私ヒンディー語わかないの」
最後のほうで一文字綴りを微妙に間違えてるのはワザと?だよな~きっと。確かに、これを街中で見たインド人に「あぁ、ホントにわかってねーんだろな」って密かに思わせる効果アップは間違いなし!?
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by ek-japani | 2005-10-02 10:06 | 考察