“Kaho Na Kaho”
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このまえ卒業旅行のお土産としていろいろ買ってきて貰ったCDの中の1つに、映画“Murder”(2004年)のCD(←写真;左)がある・・・。

このアルバムの中の“Bheegey Hont Tere भीगी होंठ तेरे”という曲が、Filmfare賞の最優秀男性プレイバック歌手賞を受賞したというので、最初はこの曲目当てで友人にリクエストした。

しかし最近はむしろ1曲目の“Kaho Na Kaho कहो न कहो”がかな~り気になっていた。

なぜかというと、この曲の一部分で歌詞が突然アラビア語に切り替わるのだ。
何て歌詞なのだろうか~・・・と気になりながら頻繁に聴きつつも、大して何も調べずに数ヶ月の時間が過ぎた。

c0072728_11381638.jpgでもこの頃になってアレコレ調べてみたらビックリ、原曲が(やはり?)あった事が判明!!

それは“Tamally Ma'ak تملي معاك”という曲である。
(同名のアルバムに収録、←写真;左)
※試聴するには Real Playerで、もしくは Windows Media Playerで。
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  アムル・ディヤーブ عمرو دياب
(写真;右→)というエジプトの歌手が2000年に大ヒットを飛ばした曲らしい。

自分はアラビア語圏の芸能に疎いので今まで全然知らなかったが、日本のアラブポップ愛好者にはかな~り有名な歌手&曲なようだ。
(ちなみにHMVでしっかり扱ってるので、かな~りメジャーな歌手であることを今更ながら発見!)


一方“Kaho Na Kaho کہو نہ کہو”はパーキスターンの歌手アミール・ジャマール अमीर जमाल امیر جمال が歌っている。
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彼がカヴァー(というか・・・そのまんま盗作?)して歌った曲(2003年リリースの同名アルバムに収録、←写真;左)はパーキスターン国内でもヒットしたらしいが、原曲の事については述べていないようだ。

※とすると・・・、やはり堂々と盗作?・・・、と思いきや挿入のアラビア語部分は原曲そのままの歌詞なので、若干良心が咎めてトリビュート?のつもりだったのかも・・・。ならせめて無許可なりに原曲の作者を曲のクレジットに載せておけばよかったのだが、そうもしなかったらしい・・・。


いづれにせよ一部アラビア語の歌詞がそのまま挿入されている事によって、この曲がいっそう興味深いものとなっている事には変わりないと思う。(もちろん原曲の良さが第一にあってだけど。)


ちなみにこの原曲、他にもスペイン・イスラエル・ロシア・アルゼンティン、さらには日本(というか単に誤解?)でもカヴァー(というか盗作?)されたらしい。
※この曲以外にもインド映画で使用された曲がいくつか盗作として名指しされている。
欧米のアーティストの曲からパクッた場合は原曲が比較的判明しやすいが、アラブポップ(&その他の非欧米地域の大衆音楽)から流用・カヴァー(というか盗作?)された曲もただ知られてないだけで、かな~りインド映画音楽に実は使われているのじゃないだろうか・・・。



ついでなので歌詞も・・・
※デーヴァナーガリー&アラビア文字で表記(挿入のアラビア語部分はアラビア文字のみ)
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کہو نہ کہو، یہ آنکھیں بولتی ہیں*
*कहो न कहो, ये आँखें बोलती हैं
ؤ صنم، ؤ صنم، ؤ میرے صنم
ओ सनम, ओ सनम, ओ मेरे सनम
محبت کے سفر میں یہ سہارا ہے
मुहब्बत के सफ़र में यह सहारा है
وفا کے ساحلوں کا یہ کنارہ ہے
वफ़ा के साहिलों का यह किनारा है
(*×2)


بادلوں سے اونچی اڑان ان کی*
*बादलों से ऊँची उड़ान उनकी
سب سے الگ پہچان ان کی
सबसे अलग पहचान उनकी
ان سے ہے پیار کی کہانی منصوب
उनसे है प्यार की कहानी मनसूब
آتی جاتی سانسوں کی روانی منصوب
आती जाती साँसों की रवानी मनसूब
(*×2)

تملي معاك
ولو حتي بعيد عني في قلبي هواك
تملي معاك
تملي في بالي وفي قلبي ولا بنساك
تملي وحشني لو حتي بكون وياك

کہو نہ کہو، یہ آنکھیں بولتی ہیں
कहो न कहो, ये आँखें बोलती हैं
ؤ صنم، ؤ صنم، ؤ میرے صنم
ओ सनम, ओ सनम, ओ मेरे सनम
محبت کے سفر میں تو ہمارا ہے
मुहब्बत के सफ़र में तू हमारा है
اندھیرے راستوں کا تو ستارہ ہے
अँधेरे रास्तों का तू सितारा है
تملي حبيبي باشتاقلك
تملي عينيا تندهلك
ولو حوالي كل الكون بكون يا حبيبي محتاجلك

تو ہی جینے کا سہارا ہے
तू ही जीने का सहारा है
میری موجوں کا کنارہ ہے
मेरी मौजों का किनारा है
میرے لئے جہاں ہے تو
मेरे लिए जहाँ है तू
تجھے میرے دل نے پکارا ہے
तुझे मेरे दिल ने पुकारा है


کہو نہ کہو، یہ سانسیں بولتی ہیں
कहो न कहो, ये साँसें बोलती हैं
ؤ صنم، ؤ صنم، ؤ میرے صنم
ओ सनम, ओ सनम, ओ मेरे सनम
لبوں پے نام تیرے بس ہمارا ہے
लबों पे नाम तेरे बस हामारा है
یہ تیرا دل بھی جانا اب ہمارا ہے
यह तेरा दिल भी जाना अब हमारा है

کہو نہ کہو، یہ آنکھیں بولتی ہیں
कहो न कहो, ये आँखें बोलती हैं
ؤ صنم، ؤ صنم، ؤ میرے صنم
ओ सनम, ओ सनम, ओ मेरे सनम
محبت کے سفر میں تو ہمارا ہے
मुहब्बत के सफ़र में यह सहारा है
وفا کے ساحلوں کا یہ کنارہ ہے
वफ़ा के साहिलों का यह किनारा है

خوابوں میں تجھ کو سنوارا ہے*
*ख़्वाबों में तुझको सँवारा है
جزبوں میں اپنے اتارا ہے
जज़्बों में अपने उतारा है
میری یہ آنکھیں جدھر دیکھیں
मेरी ये आँखें जिधर देखें
تیرا ہی چہرہ نظارہ ہے
तेरा ही चेहरा नज़ारा है
(*×4)


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※ちなみに原曲の“Tamally Ma'ak”の歌詞&日本語訳については、Egy Walker エジウォーカーというサイトで紹介されています。
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# by ek-japani | 2005-06-09 11:50 | 音楽
大久保の富士ストア
以前からチョクチョク買い物に行くことが多い大久保のハラール(हलाल حلال)食品店
(自分が知ってるだけでも3つぐらい店が密集している。激戦区?なのか?)

その中の一つにビルマ人ムスリムの若い夫婦の方々が経営している店がある。
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富士ストア(Fuji Store)
〒169-0073 新宿区百人町2-9-15 ライオンマンション2階
久しぶりに買い物に行ってみたら、店のHPが存在してた事を店の主人から聞いた。
しかもネット通販も始めたらしい。うむむ、なかなか現代的な事業展開の仕方である。
(そういえば以前からレジの奥でPCをいじってる姿をよく見かけた気もする・・・)

HPを見ると今年3月22日からネット販売を始めたようだ。今まで電車代を少し節約のため新宿駅から歩いて行っていたが、そんな事もせんで買い物できると思うと少し嬉しいような気も。
※でも送料無料にしてもらうには合計1万円以上(30Kg以下)の買い物をしなきゃならないし、合計1万円以下の金額の買い物なら送料800円(1箱)かかるようなので、やっぱり自分の家からだったら都心に出たついでに直接店に足を運んだが安上がりなのかも・・・。


それでも最近は家の近くにハラール食品店があると便利だろうなと思う。

このまえ大久保で冷凍の骨付きマトンを買ったら、家まで1時間以上かかるので着く頃には容赦なく自然解凍された肉から血がたくさん垂れていた。(もちろんビニールで梱包されてるので袋から血が漏れ出ることはないから、大丈夫といえばそうなのだが。)
時間がかかるのも何だが、バースマティー(बासमती باسمتی)の米袋などを買う時に運ぶのがさらにアレである。(そんなに頻繁に買うわけでもないし、買うとしてもせいぜい1Kgくらいの量だから大した事ないと思えばそれまでの話なんだが。)

既にひっそりとハラール食品店が近くで営業してないものか、自分が知らないうちに実は近所のマンションの1室とかで。今度駅前にあるインド料理屋の店員さんにでもちょっと尋ねてみようか・・・。
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# by ek-japani | 2005-06-04 02:53 |
正書法が気になる・・・
たま~にインド人のヒンディー語マニア&ブログマニアなブロガー達のヒンディー語ブログを覗いたりするのだけど、そのマニアな世界に最近1人ネパールの人が加わったようだ。

その人はヒンディー語を学校で習ってきたわけでないので、ヒンディー語であっても文章の綴りかたにネパール語の影響が顕著に出ている。現在連邦政府の公用語に採用されているヒンディー語正書法とネパール語で採用されている表記の仕方の違いが、それを読んでいるといくつか気になってくる。(ついでに昔少しだけやったネパール語の授業も思い出す・・・。)

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まず最も気になるのが・・・
■鼻子音だけの音(日本語での「ん」に相当?)の表記には、鼻子音記号(ं)でなく半子音字を用いる、という特徴である。そういう表記の仕方を選ぶ人もけっこ~いるが、出版メディアなどを中心とする最近のヒンディー語表記法の傾向としては、基本的に鼻子音記号を使う事がほとんどである。
(個人的な感想だが、鼻音が半子音字で結合させて書いてあると少し古臭く見えてくる。しかも紙媒体で粗雑な印刷だと文字がつぶれて読みづらいことが多い。)
例:आन्दोलन, महाराजगञ्ज, हास्यव्यङ्ग्य

もう一つアレッと思うのが・・・
■外来語の[V]の音を表記するのに、半母音[व]ではなく両唇破裂音の有声帯気音[भ] を用いる事である。何でなのか少し謎だけど。
例:फेस्टिभल, एभरेस्ट

もう訂正したのか文章中には現在あまり見当たらないけど・・・
■後置詞を前の単語と繋げて表記する、事もたまにあった。
例:पुत्रोंको
ヒンディー語でも後置詞の前に代名詞が来る場合だけ繋げて表記するが、(たしか?)ネパール語では区別なく普通名詞でも繋げて表記するからなのか。

※以下の特徴は正書法の違いというよりも、ネパール語の音韻構造の影響によると思う。
・長母音のはずが短母音に
例:हुं, लुँ, जुलुस, सिखना
・半母音[व]のはずが両唇破裂音の無声無気音[ब]に
例:सोमबार
・摩擦音の口蓋音[श]のはずが歯音[स]に
例:कोसिस, सुरु

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そういえばウルドゥー語を読み始めた時もヒンディー語の正書法と違う点がいくつかあって、それが気になった。

例えば前述の代名詞+後置詞の場合でも、基本的には途中で区切って表記するのが現在は一般的なようだ。

もう一つすご~く気になった例が、動詞の未来形の表記。
自分がヒンディー語を学習した時は、先に動詞未来形=“動詞語幹+未来形の語尾”であると習い、その後で未来形の語尾《- गा, - गी, - गे》を外した形が不確定未来形だと習った。
しかしウルドゥー語では未来形の語尾《گے، - گی، - گا - 》 を区切って書くので、動詞未来形=《不確定未来形+未来形(=確定or意思)の語尾》というふうに見えてくる。
※ちなみにアラビア文字で表記するのと同じように離して書く人が多いので、たとえローマナイズされていても動詞未来形のところでウルドゥー語だなぁとしみじみ思うことが多い。

そういえば2人称代名詞‘आप / آپ ’ に対応する依頼形の語尾《- इएगा / ‎ئےگا -》 の構造も、命令形の語尾《- इए / ‎ئے -》 に (対応する代名詞は複数にも関わらず男性・単数の)未来形語尾《- गा / گا -》 と同じもの(なのかな?)が付け加わえられた形だ。
いまさら気がついた感じだが、何か関係があるのかなぁ・・・気になる。


※とりあえず文法用語は差し当たり手元にあった『エクスプレス ヒンディー語』(白水社)に準拠。
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# by ek-japani | 2005-06-03 02:39 | 言語
映画『Bose - The Forgotten Hero』公開
BBC Hindi より・・・


最近日本でラース・ビハーリー・ボースの伝記が出版された一方で、インドではもう1人のボースに注目が集まっている。

その発端が先週末にインドで封切られたばかりの、この映画・・・。

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『Bose - The Forgtten Hero』

 監督:श्याम बेनेगल
 音楽:A. R. रहमान
 主演:सचिन खेडकर


 ※ちなみに
 スバーシュ・チャンドラ・ボース सुभाष चंद्र बोस

第二次世界大戦の最中、インド国民軍(Indian National Army आज़ाद हिंद फ़ौज آزاد ہند فوج)を率いて日本軍と合同でビルマから英領インドへ攻め込み、独立を勝ち取ろうとした独立運動の指導者(=“ネータージー नेताजी”の愛称で広く知られている)である。

この人物の生涯において劇的な最期の5年間(インドを脱出~飛行機事故まで)を描いた壮大なストーリー(と上映時間;約3時間半!)の映画らしい。

映画で使われる音楽のうちKadam Kadamという曲、いつか某F先生の授業で聴かせて貰ったインド国民軍の行進曲がそのまま再現されていた。


先週5月13日金曜日にデリーでの(一般公開としては?)初回上映の場には、実際にインド国民軍の一員としてスバーシュ・チャンドラ・ボースと共に戦った元兵士の面々が集まったようだ。
BBC Hindi : आज़ाद हिंद के जवानों की राय では、彼らがこの映画に対するそれぞれの思いを語った取材記事を写真付きで載せている。

なかなか興味深い内容なので、拙い訳ながらも日本語で紹介してみることに・・・。

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この映画を見て格別な気分だね。ただ残念なのは、国中がこれほど長い月日を経てネータージーをこのように(再評価して)見る事ができるようになるだろう、という事だ。実際この映画はもっと前に制作されて然るべきだった。この映画についてとやかく言い合うよりも、まず多くの人々に映画を見て貰うべきだよ、人々がネータージーの事を知り、彼の行動に勇気付けられるためにもね。
◆Lieutenant (中尉?) ダリープ・スィン氏◆



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とても良い試みだね。あの頃の自分たちに戻ったみたいな感じがしてるよ。今となっては(当時の状況を)そのまま(再現して)見せる事は無理だけど、シヤーム・ベーネーガル監督の作品はよくできているよ。僕たちから言いたいのは、この映画がもっと以前に作られるべきだったという事だけだね。だけど今からでもまだまだ遅くはないよ。この映画から若い世代が(多くのことを)学んでくれるだろうね。
 ◆Lieutenant (中尉?) ハルバンシュ・スィン氏◆



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この映画の事でシヤーム・ベーネーガル監督には感謝の辞を述べたい。(あの時からこれほど)月日が流れた後で(という意見)はもっともだが、彼はネータージーについて作品を撮ってくれたのだから。難癖をつけてばかりのフォワード・ブロック फ़ॉरवर्ड ब्लॉक (S・C・ボースが国民会議派を脱退後、自ら旗上げした政党)に、これらの(映画でのネータージーの描写;特に結婚&死亡について)疑問を投げかける権利など全く無い。彼らがネータージーのためにした事こそ一体何だとゆうのだ、ネータージーの名のもとにこれほど騒いでる輩だというのに。
◆Captain (大尉?) S・S・ヤーダヴ氏◆



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この映画はとっても気に入ったよ。軍隊の兵士たちや戦闘シーンを詳細に描写しようという努力がしてあるね。とはいえ、まさしくあのままを写し撮ることはできないもんだね、あの頃僕らが体験したものを。今でもあの頃の記憶は健在だよ、そんで(今日この)映画を見たら記憶がさらに鮮やかに甦ったね。この映画から(今の)人々が十分にいろいろなことを学び得るだろう。
 ◆Captain (大尉?) ベール・バハードゥル氏◆



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なかなか良い映画だね。そんでこの映画を見て幸せな気分さ、何はともあれネータージーの名前で何がしかのモノができたのだから。ネータージーは輝かしい人格をお持ちなお方だったよ。ネータージーについて出来たこの映画から、インドの若い世代が多くの学ぶべきことを見つけるだろうね。この映画から、そしてあの方の人格から人々が教訓を得ることを望むよ。なぜならあの方のおかげでこそこの国は独立を成し遂げたのだから。
◆Captain (大尉?) プラディープ・スィン氏◆



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映画は満足のいくものだったよ。あとは(ネータージーのオーストリア人秘書との)結婚のことについては言っておかないとね。ネータージーが結婚していたなんて自分は当時全く聞いた事は無かったよ。まぁ、この映画を制作するにあたってインド国民軍のメンバーから意見をきいていたら、多分もっと素晴らしい映画に仕上がってたんじゃないかな。フォワード・ブロックのやつらは選挙を争って、そんで政府のイスにおさまってるのさ。あの時ネータージーに反対してたやつらと手を結んでね。
 ◆Lieutenant (中尉?) ターラー・チャンド氏◆



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ネータージーが結婚していたという話は本当だと思うなぁ。でもネータージーはいつも三角帽子を被っていたわけじゃないよ、映画の中で描かれてたみたいにはね。フォワード・ブロックの人々は自分たちに都合の良いように、こういう(結婚していた事とか飛行機事故で死亡した事とかについて)疑問を投げかけるけどね。(事実と)まったく正反対なことを言っているし、あの人たちはネータージーと特に大した繋がりがあったわけでも無いのに。確かにこの映画が僕たちの意見を参考にして出来ていたら、もっと映画にリアリティーが出てただろうね。
◆Captain (大尉?) ショーバーラーム氏◆


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1945年8月18日にスバーシュ・チャンドラ・ボースが飛行機事故で死亡した事を認めない人々もインドにまだまだいるようだ。
以前『Hindustan Times』のWeb版でも“ネータージー特集”が組まれたみたいだが、そこでも全体的に事故を否定してボース生存説を検証している。
※実際そのサイトの中では、死亡ではなく“disappearance” と随所に記されている。

しかしそういう意見に対して困っている人々はインドだけでなく日本にも。
戦時中にインド国民軍と関わりがあって、ボースの事故や最期を看取ったという証言を集めたり、S・C・ボースの遺骨を日本に持ってきて保管している方々である。
Subhas Chandre Bose Academyより;主催者の方が高齢のため2004年に解散になったとのことです。)

なかなか複雑な状況である。

現在は東京都杉並区和田三丁目の蓮光寺という場所に安置されている。
(2001年12月9日在任中だったアタル・ビハーリー・ヴァージペーイ अटल बिहारी वाजपेयी 元首相も来日した際ここを訪れている。)
なんかJR高円寺駅から歩いていけそうなので、今度行ってみようかな・・・。
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# by ek-japani | 2005-05-20 00:43 | ニュースより